芥川賞、おらおらでひとりいぐも、百年泥、面白くない

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今年の芥川賞のおらおらでひとりいぐもと百年泥について。

おらおらでひとりいぐも

 

東北弁が混じって、読みにくいはずだけども、多分こんな意味だろうと飛ばしながら読むと意外とスラスラと読める。

内容は、両親が亡くなり、夫にも先立たれ、子供とも疎遠になりつつある老母の精神状態を多重人格者っぽく、様々な心の声を通じて描いた作品。

読んでて気持ちのいい感じはしないながらも、自分の親もこうなるんだろうか、とか、自分もいつかはこうなるかも、と妙にリアルに考えさせられる。

とはいえ、全編を通して、読み手のテンションの高揚はない。

唯一、主人公の娘が、自分の兄(主人公の息子)を語るオレオレ詐欺にあった母親に、お金を無心するくだりで、「お兄ちゃんには簡単にお金を出すくせに」的なセリフを言うところが、親子の建前と本音のやりとりが見えそうで期待するも、特に膨らむことなく終了。

 

百年泥

 

元旦那に騙され借金まみれになった女主人公が、インドの企業で日本人教師をやっているところに、100年に一度の大洪水が起き、氾濫した泥の中から、いろいろな人の様々な思い出の品々や人々が蘇ってくる、という奇想天外なストーリー。

インド人に日本語を教える様子がやけに生々しいと思ったら、筆者自身もまさにインドで日本人教師をしていたようで。

筆者の母親が実は人魚だった、というそれだけで主題となりそうな話題も、サブ的にぶっこまれてきてハチャメチャな感じはあるものの、借金の取り立てをしていた父親の仕事を手伝っていた主人公の生い立ちや、主人公が日本語を教えているインド人生徒が、幼少期に父親のサーカス的見世物小屋運営に付き添っていたり、そこでの東洋医学の不思議体験や、母親を火葬する際にお金ほしさに泥棒しようとしたときの日本人との出会い、またそれらのエピソードと絡めたインドならではの風習などが、やけにリアルで興味深く読める。

インドでは、未だにそうなのかわからないけど、親同士が決めるお見合い結婚が一般的なようで、恋愛結婚、駆け落ちでもしようものなら、親族一同が村八分にあい、結果怒り狂う親族が駆け落ちカップルを殺害しようとも罪に咎められない許容殺害なる慣習があるとかっていう、クレイジニージャーニーもののエピソードも非常に興味深い。

と、ところどころのエピソードはリアリティもあって、興味深く読み進められるんだけど、全体的にストーリーは奇想天外で意味不明。

もちろんその奇想天外さが選出の根拠になっているんだろうけど、これを、よく考えられた設定だとかって言ってちゃダメでしょ。面白くないし、よく意味がわからないもん。

 

総評

 

芥川賞ってプロの書き手が選んでいるけど、だからこそ、これまでにない奇抜なものを選ぶ傾向があるのかもしれない。ストーリーがどんなに面白くても、そのパターン見たことあるわ、っていうのは、選ばれないってことなのだろうなぁ。

一方で、本屋さんが今売りたい本を選ぶ本屋大賞の方が、パターンとか手法とかではなく、純粋に面白さだけで選ばれているから、読んでいてあたりのものが多いってことなんだろうなぁ。

まぁ、芥川賞に過度の期待はしてはいけないってことですな。

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