【女のいない男たち】村上春樹はやっぱり村上春樹だった

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女のいない男たち

村上春樹の最新短編集。

村上春樹と言えば、【書評】色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年で、あなたも村上春樹がちょっと好きになるで書いたけど、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は分かりやすくて面白かった。

けど、この短編集はやっぱり村上春樹は村上春樹だった。

6編の短編集ではいずれも、大切にしていた女性がいなくなった男性の話が描かれている。

最初の方の数編はあっしでも理解できるし、独特の世界観があってそれなりに面白いんだけど、後半の数編は意味が分からん!!

村上春樹お得意の、抽象的、観念的、空想的世界にどんどんなっていく。まぁ世の中のハルキニストに言わせれば「物語が無限に拡がっていく」とかなんとか言うのかもしれないけど。全然論理的じゃないからついていけなくなるんだよなぁ~。あっしの頭が固いってことなのかもしれないけど。

そして、村上春樹がそんな文章を書いてくるのは分かっている、百も承知なんだけど、なんか本屋でパラパラめくると面白そうというか、世界に引き込まれてついつい買ってしまうんだよな。独特の世界観を作り出すのがうまいんだろうな。

そして、独特の世界観を作り出す作家と言えば、京極夏彦。

大学生の頃、友人に紹介されて読んで以来、その独特の世界観にハマりっぱなしなあっしですが、その世界観の背後に通底するテーマは、「真実とは何か?」。起きた出来事とそれが意味することは実は1対1対応しているわけではなく、いかよう様にでも意味づけの仕方はある。真実は、その意味づけを受け取った人それぞれの気持ちの中(主観的)に存在するものであって、客観的な様態で存在するものではない。

このテーマを不変のものとしながら、様々な妖怪談を織り交ぜてストーリーが創られる。妖怪も、生身の妖怪が物理的に存在するというわけではなく、いろんな出来事(天候不順による飢饉だとか、謎の奇病・難病だとか)の意味づけを妖怪という存在で表現した、ということである。

で、京極夏彦については、また日を改めて書くとして、村上春樹。

あっしは村上春樹が好きなのか嫌いなのか。出てくる主人公は大体がなよなよした女男で、パートナーが別の誰かに抱かれるというモチーフが多く、めちゃめちゃ嫉妬深くて、男の風上にも置けんような奴だ、と思う一方で、けど、ひょっとしたら、自分の世界の捉え方が固定化しすぎていて、実はハルキ風に、抽象的、観念的、空想的に世界を捉えながら生きる、という生き方もありなのかも、とも思う。

まぁ、好きか嫌いかはどっちでもいいのだけど、ただ、村上春樹の本を読むと、無性に家でウィスキーをロックで飲みたくなるのは、なんだかんだ言って結局あっしもまた、ハルキ部屋の住人だからなんだろうなぁ。

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