【書評】三島由紀夫レター教室に見る手紙の生々しさと年賀状の意味

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本屋さんのPOP広告につられてなんとなく買った三島由紀夫。

5人の登場人物による手紙のみで構成された小説なんだけど、予想していた以上に面白い。1通1通の手紙は短いのでサクサク読めるが、愛憎、欲望、妬み、嫉み、見栄、といった誰しもが持っている人間の生々しい内面が、手紙を通すことで純化された形で描写されているので、サクサク読める割に読み応えがある。

まぁ電話やメール、SNSの普及により手紙を書く機会や読む機会が減っているからこそ手紙のやりとりが新鮮なのかもしれないけど。

手紙とよく似た存在の年賀状だって減ってるんだろうなぁと思って調べてみたら、年賀状は意外と減っていないみたい。

gn-20160110-02

ガベージニュースより

いまだに32億枚超もの年賀状のやり取りが行われている。メールやSNSで十分でしょ、とか言われつつも無くなっていないんだな。

何年か前、

「年賀状は、贈り物だと思う。」

という素晴らしいコピーがあった。

1月1日、楽しみでそわそわと郵便受けに向かうもんなぁ。もらってうれしいという気持ちがある限り、年賀状は続くと思うし続ける、続けたい。年賀状は気持ちを込めた贈り物、いや、物ですらない、気持ちそのもの。贈り気持ちなんです。

書くときは面倒な気持ちがあるし、もらった年賀状を見ていると、自分ももうちょっと考えて書けば良かったかなと後悔することもある。ひどいときは、あれ?自分はなんて書いたっけ?となることもしばしば。それでもいいんです。1年に1回、気持ちと気持ちを酌みかわすのが年賀状なんです。関係を切ってしまうのは簡単だけど一回切った人と再開するってのもなかなかハードルが高いだろうし。

と、だいぶ、話が飛びましたが、三島由紀夫レター教室もぜひ。

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