【書評】色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年で、あなたも村上春樹がちょっと好きになる

村上春樹って、ちょっとフワッとしたというか、無意識領域というか、あるいは観念領域というか、女的というか、はたまた文系的というか、それ持ち出したら何でもありやんけ的なスタイルで、どこかで、ちょっとというか、結構、嫌っていた。

今思えば、村上春樹を好きな人を嫌っていたんだと思う。ひょろっとした、男女、文学好きです、みたいなやつをイメージしていて。

けど、多崎つくるはおもろい。もちろん、観念的なスタイルは残っているけど、謎の呈示から解決へのアプローチが、わりと論理的に、というか理系的というか、あるいは男性的というか、はたまた筋肉質的というか、で進む。

これは、前から思っていたけど、時折出てくる性的な描写が実に気持ちいい。官能小説にあるような、蜜坪とか、鮑とかみたいなリアルな具象描写ではなくて、気持ちと気持ちのまぐわりを描写している感じで。ここは観念的なよさが出ている。

また、村上春樹小説って、日常の描写もすんなりと入ってきて、現実にはないけども、断片的にはありそう、と思わせる描写がうまい。
ビールを飲む様子とか、パスタをゆでる様子とか、ワインとチーズをつまむ様子とか。
この辺りの描写がうまいから、全体のストーリーがイマイチ入ってこなくても、これまでも知らず知らずのうちに読みきってきてたってのが実際だった。

多崎つくるは、そんな、性的な描写や日常描写そのままに、ストーリーが論理的になったから、間口が更に広がったんだろうな。