AI vs 教科書が読めない子どもたちに見るAIノストラダムス論

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仕事やメディアを通じて、AIという言葉を耳にしない日が無い今日この頃。AIが産業構造やライフスタイルを変えていくなんてことが声高に言われ、シンギュラリティ(AIの進化が人間の進化を上回る「技術的特異点」)はいつ来るんだろう、本当に来るのか、予想よりも早まっているらしい、とかなんとかっていう議論がかまびすしい。

アッシとしては、そんなにAIってすごいのか、いまいちピンとこないし、いや、確かに計算処理能力はすごいとは思うけど、そんなことはパソコンを手にした段階ですでに分かっていたことだし、それを超えて人間の知能を超えるなんて言われても、えぇ~~~?としか思えない。ノストラダムス的な。

ノストラダムスと言えば、アッシはまさにノストラダムス世代。中高校生の頃、週刊マガジンで不定期連載していたMMRマガジンミステリー調査班にやられ、どっぷり、とはいかないまでも、ノストラダムス論争を興味深く追いかけていた。

かつては、ノストラダムス、というのは社会の共通言語になっていたと思うけど、今の若い子とか、それこそ子どもとかは、なんじゃそら?って感じなんだろうなぁ。

それにしても、このMMRマガジンミステリー調査班は、良くできたマンガで、今思えば情けないくらい、当時の純粋なアッシは踊らされていた。

ノストラダムスはもちろんのこと、海底遺跡だとか、ネッシーだとか、U.F.Oだとか、とりあげるテーマが食指をそそるものばかりで、あるときは、マンガ上で調査班員(週刊マガジンの社員という設定)の一人が失踪したりなんかもして、なかなか信憑性のある演出が施されていたのである。

それで話をAIに戻すと、AIで生活が豊かになるというAI万能視の文脈であれ、AIが人間の職を奪うというAI恐怖視の文脈であれ、なんかことさらAIのことを人間を超越した存在のように取り上げるのって、どこか当時のノストラダムスに近い感じがするんだよなぁ。

MMRマガジンミステリー調査班の役割を、落合陽一なる人が担っているような。アッシは特段、落合氏の言説を読んだことは無いので実際のところはどうなのかは知らないのだけど、なんかこの人の、時代の寵児的な取り上げられ方がイラッとするというか。申し訳ないのだけど顔もいけ好かない。

そんなこんなで、アッシはAIに対してはその存在自体を批判的にとらえている。酸いも甘いもかぎ分けられる大人なのでもうノストラダムスに騙されるようなことはしないぞと。

そんな折に出会ったのが、本書、AI vs 教科書が読めない子どもたち。

詳しい書評は、またの機会に書こうと思うのだけど、アッシのAI批判視を理論的に裏付けしてもらったような印象の一冊ですわ。

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