言うが鬼と作為の不言

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「知らぬが仏」の逆、「言うが鬼」とか、その逆、「言わぬが鬼」ということがあります、という話の続きです。

言わぬが鬼の例として、一緒にいる人の服にゴミがついているとすれば、それは教えてあげましょうよと。それを教えないのは鬼でしょうということで、これは「言わぬが鬼」。

一方で、一緒にいる人が鼻毛が出ていたとして、それは言われてもどうしようもできないし、「俺、鼻毛出てるんや〜」って嫌な思いをしながら過ごさないといけなくなるから、これは言わない方がいい、「言うが鬼」。

ケースに応じて「言わぬが鬼」と「言うが鬼」ということが起きるわけだけども、

その場で対応できることならば言ってあげることが親切なので「言わぬが鬼」、いやこれはもはや「言うが仏」と呼ぶべきか。

そして、言ったってどうしようもないこととか、相手を嫌な思いにさせることが「言うが鬼」ということなんだろう。

けど、相手を嫌な思いにさせるかもしれないけど、それでも言った方がいいかもしれないことっていうのもあるわけで。

例えば、最近コンビニのスイーツは実際めちゃ美味しくなっていて、それを美味しい美味しいと食べている友人がいたとして。

けど、実はまだまだコンビニスイーツにはたくさんの食品添加物が入っていることを私は知っている。しかもまぁまぁの副作用がありうるものも入っているし、香料なんかも実は中身はピンキリだけど、どれも”香料”とだけ表示すればいいことになっているので、実際のところどの程度の副作用のあるものが入っているのか消費者にはわからない、なんてことも私は知っている、という場合。

こんなとき、添加物のことを友人に教えてあげることが正解なのか、良かれと思って言ったことが返って気分を害させるだけになるのであれば、あえて言わないことが正解なのか。作為の不言とでもいいましょうか。

難しいですなぁ。

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