偏見や差別意識を持たないとは?ポケットに手を突っ込んだ障がい者

ワチキは歩くのが早い。街でも駅でも。

なので、ちょくちょくというか結構周りの人とぶつかりそうになるので、編み出したのが、縮む。固まる。

スマホをピッピ、ピッピやりながらチンタラ歩いている輩には殺意、とまではいかないけど”どけや~”と心の中で思う。いや、ワチキもあります、歩きスマホすることは。それでも、周囲とスマホを均等に、いやどちらかと言えば周囲に重点をおいて見ているから、絶対に人の邪魔になっていない自信あります。

ちなみに車の運転でも、素人は前しか見ていないけど、ワチキくらいのゴールド免許ベテランになると絶えず周囲への目配りは忘れない。当然前は見つつも、バックミラーで後ろからあおられていないかを確認しつつ、サイドミラーでこの後の車線変更先の後続車を見ながらいかにスムースに車線変更できるかを計算しつつ、更にはバイク、自転車、歩行者にも注意を払う。

先日、友人から高速道路でスピード違反で捕まった話を聞いてびっくり。覆面パトカーに数kmもの間ずっと後ろにつかれていたらしく、捕まった時に「気づかなかった?」と言われたらしい。愚の骨頂ですわ。”おい、お前、そろそろ捕まえるぞ、ええんか、ええんか”っていう最後のチャンスをくれていたわけなのに。

ワチキは高速道路で自分が先頭になろうもんなら、周りの車全てが覆面パトカーなのでは、という疑心暗鬼とともに周囲の車への目配りを忘れないし、少しでも怪しい車がいればスピードを落として、誰かを先に行かせて後ろにつけるようにしている。”スピード違反は先頭車が捕まる”という都市伝説を信じているので。

で、街中での歩行の話に戻すと、街でも駅でも会社でもどこでもいいけど、スマホはさておき、ポケットに手を突っ込みながら歩いている人もいる。まぁ、別にこっちに向かってきているわけではなければ、素通りですれ違うだけだけど。

また、目の不自由な人が杖でカチカチ、地面を確認しながら歩いてくることもある。まぁ時間があって気分的なゆとりがあるときは、「大丈夫ですか」とか言うかもしれないし、そうでなくても、ぶつからないように避ける。

じゃあ、この時、この目の不自由な人が杖でカチカチ、地面を確認しながらも、もう片一方の手をポケットに突っ込んでいたらどうだろう。ワチキは実際にそういう人を見かけた。で、その時反射的に”なんや?”とちょっと思ってしまった。その時、自分の中に”目の不自由な人は、おとなしく生活しないと”みたいな偏見というか差別意識があるってことに気づき反省した。

そして、改めてこういった体の不自由な人への接し方の難しさを思った。例えば体の不自由な人がいた時に、んなもん関係あるかい、みたいにぶつかるなんてのはありえないんだけど、かといって腫れモノに触るみたいになるのもちょっと違和感がある。偏見とか差別意識を持つまいと過剰に意識することがかえって、偏見や差別意識を持っていることにつながっているというか。

これってオリンピックのことを、殊更に、東京オリンピック・パラリンピックと言うのとも似ている感じがする。なんか私は偏見とか差別意識ありません!平等に扱っています!と声高に主張しているのが逆に違和感あるんだよなぁ。

結局は、受け手がどのように感じるかってことだとは思うけど、受け手っていうのもまた一人一人感じ方が違うだけに難しいんだろうな。