電子書籍元年から何年たっても電子書籍がいまいち流行らない理由

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最近あんまり耳にしなくなった電子書籍。自分の周りでも使っている人はあんまりというかほとんど見かけないけど流行りは終わったのかな。

一時は、これからは紙の出版は無くなって全てが電子化されていく、みたいな論調をよく見聞きしたけど。リアル本好きなワチキには何のこっちゃっと思っていた。いや、白状すると一瞬だけ電子書籍ええかもと思ったことはある。けど、店頭で手にしてみて、一気に冷めた。

本って中身の情報にだけ価値があるのではなくて、その情報の摂取というか受け取りのプロセスにも価値があると思う。「カバンの重さは知性の証」って言説が一般的なのかどうかはわからないけど、重い本を持ち歩き暇を見つけながら読み進んでいるときって、重ければ重いほど中身の詰まった重要な本を自分は読んでいるんだという錯覚があり満足感が得られる。

また、重量感という物理的な重さを感じるからこそ、読破してやろうという意気込みも湧くし、読み終わった時の達成感もある。デジタルのページ数ではこの気持ちは満たされない。

デジタルでは気持ちが満たされないと言えば給料もひょっとしたら近いかも。昔のドラマや映画でたまに見かけていたけど、サラリーマンの給料は昔は毎月封筒に現金を入れて手渡しされてた。○○君、と部長に呼ばれて。その重みこそが仕事を頑張った証であり、またそれを家に持ち帰って奥さんに手渡すという行為により、亭主としての面目が保たれていたみたいな言説を見たこともある。思えばワチキも幼少時代、父親が封筒を母親に渡すシーンを見た記憶がある。

それが、いつしか期日に口座に振り込まれて、もらうのはペラペラの明細一枚だけになり、挙句には明細すらも電子化されてしまい、必要に応じて各自で印刷しなさいっていうことに。

で、買物も多くはカードで支払いをして口座から引き落とされるから、通帳口座の金額が増えたり減ったりするだけで、まとまった現金を意識する機会は圧倒的に減っているんだろうなぁ。下手したら口座も電子化やし。小銭も電子マネーやしね。

いつぞや、子供に魚が泳いでいる絵を描かせたら、スーパーで売っている切り身の魚が泳いでいる姿を描いた的な、嘘か本当かようわからん話を聞いたこともあるけど、それに近いのかもな。

世の多くのサラリーマンって、何の仕事しているか子供になかなか理解されていないと思う。それでも昔であれば毎月の給料袋のおかげで、何の仕事しているか良くわからなくても父親の威厳を保てていたのが、今はそれすらも無くなったとするならば子供はなかなかサラリーマンになりたいなんて思わないんだろうな。あ、けど逆に、今のご時世、サラリーマンくらいがちょうどいいとかって思うようになっているのかもしれないな。そのあたりはまた別の機会に。

で、話を電子書籍に戻すと、アマゾンで本が並んでいて、スクロールしてもスクロールしても延々と並んでいたとしても特にテンションがあがらないけど、でっかい本屋さんで本がズラーーーッと並んでいるのを見るとテンションがあがるっていうところに、やっぱりリアル本の価値というか魅力があるんだと思うし、この価値というか魅力がある限り、リアル本が無くなることはないと思うし、無くならないでほしい。

何でもかんでも電子化すればええってもんでもないはずなのよね。

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