「社会は信頼で成り立っている」を支えてくれている神様の存在

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アホな若者がお店や電車なんかでいちびっている※1のを面白がってネットに投稿して捕まる、というニュースをちょいちょい見かける(※1いちびるとは、おちょけること※2)(※2おちょけるとは、調子に乗って悪ふざけする様子)。コンビニの冷凍庫に全裸で入るとか、牛丼のメガメガメガ盛りを作るとか。

けど、これって、いちびること自体がアホというのではなく、それを投稿して捕まるというのがアホなだけだと思う。

電車でいちびるなんてワチキが高校生の頃もよくやってた。吊革で懸垂したり、荷台に寝転がったり。ちょっといちびりたい年頃ってのはよく分かる。けど、それをネットに投稿するってどういうことやねん。まぁ当時はネットやケータイカメラはもちろん、ケータイすらも普及してなかったから、ネットに投稿するって行為自体が存在しえなかったけど。それでも、仮に駅員にバレても、すみません、てへっペロで許されるレベルを見極めてやっていたとは思う。

イマドキの若者は、どこまでだったら許されるか、という見極めができへんアホさがあるんやろうなぁ。

で、本題は、飲食店でもコンビニでも、商品の安全性というかヘンなもの入れてませんっていうのが見ず知らずの店員やアルバイトへの一方的な信頼だけで成り立っていて、それってすごいなぁということについて。

例えば都市伝説的によく言われるけど、ファーストフードのフライヤー(フライドポテトとかを揚げる機械)の中でネズミがカラッと揚がっていたとか、コンビニのおでんはバイトの唾だらけだとか、底にゴキブリが沈んでいて・・・っていう話を耳にすることがある。

また、例えばオフィスや食堂でちょいちょい見かける無料のウォーターサーバーなんかも、こそっと汚い汁(毒でも)とか入れようと思ったらいくらでも入れられる。一昔前の漫画とかコントでOLが上司のセクハラおやじへの反抗として、給湯室でお茶に雑巾のしぼり汁を入れる、みたいなのも鉄板ネタとしてあるし。

缶やペットボトルとかの工場製品は一応、工場で厳しい品質チェックをしているであろうという安心感はある。けど、まぁ、それも分からんけど。食品偽装ってのがちょいちょい起きるわけで。

ただ、こういう匿名によるイタズラって疑い始めたらキリが無く、日常生活もままならなくなってくる。そこで円滑に日常生活を営む知恵が、「そんなことしたらバチあたるで」とか「神さん、見てるで」なんだろうな。

「そんなことしたらバチあたるで」とか「神さん、見てるで」って、悪いことをしようとしている個人が匿名になる場合に使われる。逆に個人が特定されるケース、例えば、汚い手を使ってでも父親のかたき討ちをしようとする場合とか、選挙や出世レースで黒いうわさで相手を蹴落とそうとする場合とか、悪いことをしようとしている個人が特定される場合には、「そんなことしたらバチあたるで」とか「神さん、見てるで」っていうのは使われない。

それは、個人が特定される以上は、社会的な制裁を受けることも予期されるからだろう。だから、逆に言うと、社会的な制裁を受けない事に対して、社会を超越した「神さん」が召喚されるってことなんだろうな。

ただ、「そんなことしたらバチあたるで」とか「神さん、見てるで」なんて非科学的なことは幼少期に刷り込まないと意味が無くて、大人になって言われても、は?としかならないだろうな。まぁ、今の子供たちは賢いからよっぽど小さい時に刷り込まないといけないだろうな。なまはげとか獅子舞みたいに。

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