沖縄の結婚披露宴とお葬式の謎

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マツコの月曜から夜更かしでやっていたのだけど、

沖縄の結婚披露宴って、平均でも400人くらいに列席賜るんだって。

参加している人の中には、今日、自分が何枠で参加しているのかわからないままとりあえず参加している人もいるとかいないとか。

未だに成人式が荒れるとか荒れないとかってニュースになる県じゃけん、おめでたいことじゃ〜って勢い余って我を忘れて列席しちゃうんだろうな。

日頃アメリカに屈服させられている犠牲者意識も潜在的に働いているのかもしれません。

ちなみに、沖縄には模合(もあい)と呼ばれる互助会のようなものもあるらしく、

仲間内で月ごとにお金をカンパしあう仕組みらしい。

サラリーマン社会でも、「今日は僕が」なんて言いながらお会計の伝票を取り合ったりするけど、沖縄の模合は、その場で現金を集めて渡すところがなかなかにリアル。

そんな沖縄の結婚披露宴の特徴の一つが、両家の両親席が花嫁花婿の真ん前にある、というもの。

沖縄以外の多くの地域では、両家の両親席は花嫁花婿それぞれのサイドの端っこ(下座)に位置する習わしなのとは真逆で。

これは、花嫁花婿目線で、

「お父さん、お母さん、今までありがとう。最後の大舞台を特等席で目に焼きつけておくんなまし〜」

ということだろうな。

一方多くの地域のように下座に位置するっていうのは、父親母親目線で

「参加者のみなさま、どうぞ、不肖の子らの門出を祝ってやってくださいませ」

ということなんだろう。

宴の終わりには、両親も参加者をお見送りするもんなぁ。

結婚披露宴の主催者はだれで、だれのために開催するのかってことをどう捉えるかってことの違いが現れているんだろう。

では、それと絡めて、

じゃあ葬式はどうなんだと。

全員、喪服を着ていくのが本当に正解なのか?それで故人は喜んでいるのか?

いやいや、残されたものの気持ちにもなってみろ。葬式ってのはそもそも残されたものの気持ちの整理のために、うんぬんかんぬん。

いやいやいや、残されたものこそ、故人の気持ちを一番に考えているんじゃないか。故人が一番喜ぶ形で送ってやりたいんじゃないか、うんぬんかんぬん。

議論は尽きないわけではありますが、

喪服着ていくのが面倒くさいとか、黒のネクタイどこいったとか、数珠は、とか焼香のやり方わからへん、とかどうでもいいから葬式に駆けつけてほしいし、駆けつけたいなぁと思うアラフォーおっさんなのであります。

ちなみに、アッシのおばあちゃんが亡くなった時は、生前自分で仕立てたけど、大事にしすぎてあまり着れなかった立派な着物を着せてもらっていて、すがすがしい寝顔をしていたのが脳裏に焼き付いております。命日は覚えてないけど。

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