舛添都知事を選んだ都民の責任として、これからの私たちが持つべき思考

連日の舛添問題について舛添が人間としてダメダメというのはそうなんだけど、そろそろ視点を選んだ都民の責任に移して議論を進めたい。

選挙時に、”福祉やります””介護やります””政治とお金の問題に切り込みます”というのがテレビで繰り返し放送されることで、「なんとなく舛添、ええ人やん」的な印象を持ち、具体的にどういうことをやろうとしているのかを大して考えたり知ったりせずに投票してしまう。
都知事に限らず、国会議員でも地方議員でも。

けど、自戒の念も込めてだけど、世の中口当たりのいいことばかりできるはずもないっていう当たり前の現実をちゃんと弁えないとな。で、自分はどんな痛みだったら受け入れられるのか、を一人一人が考えるべきだと思う。

現状に文句ばっかり言っていてもしょうがない。例えば年金問題。現役世代が引退世代の資金を賄うってことなんだろうけど、現役世代よりも引退世代の人数が多くなった時点でひずみが起きるのは当然。

あとは、引退世代の受け取る金額を減らしつつ、現役世代の負担を増やすしかないでしょ。現役世代は自分が引退するときにはもらえない可能性もあるよ、そりゃ。子供産んでいないんだから。

お金の問題で言うと、税金だって上げないといかんでしょ。これだけ便利で安全な生活を手にしているんだから。おいしいコーヒーが100円で飲める時代なんだから。

これ自体は僕の私見で別に同意を求めるつもりもないけど、要は一人一人がどんな痛みを受け入れられるのかを考えてメディアや政治家に接しないといかんと思う。口当たりのいいことばかりできるはずが無いんだから。