人生100年時代と仕事で自己実現の罠

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アッシが子供の頃は、きんさんぎんさんブーム?で、100歳まで生きるというのがすごく珍しい、長寿を全うした感で捉えられていたけど、

最近は人生100年時代ということで100歳まで生きるということが割と当たり前の世の中になっていくようで。

これに対して、社会福祉制度や年金制度、医療制度をどうするねんとか、自分のことは自分で守らないと、という文脈での個人向け年金、保険、金融商品なんてのも結構目にするようになってきた。

医療制度も突き詰めれば医療費負担というお金の話が主なので(もちろん人材不足の側面もあるけど、ここでは一旦人材とお金は等価と考えておく)、人生100年時代=お金に対する不安、ってのが大きな文脈なんだと思う。

少し話は変わるけど、

今の高齢者たちは、若い頃、それこそ社畜となり今の日本の礎というか、いろいろ問題は抱えているとはいえ、それでも普通に平穏に暮らせる社会を築き上げたし、ちゃんとできているかどうかはおいておいて、数の上ではきちんと子供も残している。

それに比べて、アッシたちはどうなのだろう?

自分たちの老後の生活をそれなりにでも平穏に暮らせる社会を作ることができているだろうか?

ライフスタイルの変化とか、個人主義とか、成果主義とかを否定するつもりはないけども、意図的に子供を作らないってどうなのよ、と思う。

「子作りはもう少し仕事がひと段落してからかなぁ」とか「子育て?そんな余裕ありません」とか。

もちろん体質的にできない、っていう人を非難するつもりは全くない。

ただ、日本全体がもっと子作り、子育てを是とする社会になっていかないとやばいんじゃないかという思いがある。

仕事が忙しくて子育てできない、だから子供を作らない、って本末転倒というか、需要の先潰しというか。

子作り、子育てこそが、日本の未来の社会づくりにおいて欠かすことのできない仕事なんじゃないだろうか(移民で穴埋めすればいい、というのはおいておいて)。

なぜ、こんなにも子作り、子育てがしにくい、というか、積極的に是とされない社会になってしまっているのか?

その要因は、”仕事で自己実現”というキーワードだとアッシは睨んでいるのだけど、この話、もうちょっと続けます。

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