残業代ゼロ法案にメリットはないのか?

残業代ゼロ法案に絡めて残業問題がまたちょこちょこニュースで取り上げられている。

残業代ゼロ法案とは、仕事のパフォーマンスに対して給料を払うのであって、仕事にかかった時間に対して給料を払うのではない、すなわち時間管理からパフォーマンス管理に変えていく、ということのはずだが、それによってブラック企業が残業代もそこそこに従業員を働かせまくることになる、という負の部分が取り上げられることが多い。

労働者側としては、自分の発揮するパフォーマンスに対して正当だと思える給料がもらえるかどうかを基準に考えればいいだけであって、残業代が払われようが払われまいがあんまり関係ないと思う。どれだけ時間をかけて残業しようとも、パフォーマンスがしょぼければそれなりにしか給料もらえないのは当然。

ルーチンワーク的に決められた仕事をやるだけで、誰がやっても大してパフォーマンスに差がでないような業種の場合は、時間とパフォーマンスはほぼ比例するだろうから時間管理でもそれほど問題はおきないとは思うけど、この場合もパフォーマンス管理されていると捉えたほうが健全だと思う。

で、自分のパフォーマンスに対して正当な給料がもらえないなら、そんな企業辞めたらいいだけ。これだけ人材派遣やバイトの仕事がたくさんあるのだから、その中で、パフォーマンスと給料の関係が自分の感覚に合った働き場を見つければいい。

仕事は楽に、けど給料は高く、ってそんな虫のいい話はないわけだし、そもそも同じ仕事でもそれを楽と感じるか苦痛と感じるかは人それぞれだし、同じ仕事に対して時給1000円っていうのが高いのか安いのかも人それぞれだと思う。

さらに、楽に、けど給料は高く、を実現するにはそれなりに努力が必要なのは当然のことだと思うけど、たいした努力もせずに、ゴチャゴチャ言う人が多い。そもそも努力できる環境じゃなかったとかなんとか。けどそんなこと言ったって、顔がかっこいいのも、足が速いのも、面白い発想ができるのも、家がお金持ちなのも、親が毎日バッティングセンターに連れて行ってくれるのも、すべては運なんだから、それに対してゴチャゴチャ言ってもしょうがないと思うけどなぁ。

親の格差が子どもの格差につながるという、格差固定の議論もたまに見る。で、大抵は少なくとも教育面だけでも全ての子どもは全員同じスタートを切れるように、例えば学費無料とか塾代無料とかっていう話になりがちだけど、環境だけ変えても親の意識とか考え方が変わらない限りあんまり効果ないと思うけどなぁ。環境を変われば意識も変わる、っていう甘い考え方もあるとは思うけど。

それよりも、そもそもの格差っていう考え方が間違っていると思う。収入が高いことを是とする、一面的な幸せしか取り上げない世の中の風潮が。

幸せのあり方っていっぱいあるし、収入が高くなくても幸せに生きている人なんていっぱいいる。けどテレビで取り上げられるのは収入が高い、成功者といわれる人だけ、っていうのがおかしいんだけど、みんなそういう憧れの世界を見るのが好きだからなぁ。収入が高くなくても毎日幸せに生きている人を取り上げたところで誰も見ないだろうからなぁ・・・