電通新人社員の過労による自殺やいじめ自殺から何を学ぶか

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電通の新人社員が過労によって自殺するといういたたまれない事件が起きた。

いじめでもそうだけど、自殺するくらい追い込まれてた、みたいなことを耳にするたびに、なんで逃げ道を探そうとしないんだろうと思うんだけど、その類のことを発言すると大概は、「いやいやそんな簡単なものじゃないよ」とか「追い詰められるってそういうことだからさぁ」みたいに、「お前、何言ってるねん」的な感じであしらわれる。けど、本当にそうなのかなぁ。

例えば、学校での子供のいじめ問題についても、いじめている側と話すことや、学校と話すことももちろん大事だと思う。けど、それでもどうしようもなく、いじめもエスカレートするようなら、転校するしかないと思うし、転校すればいいだけだと思う。

けど、そういうことを言うと、やれ転校はコストが高いだとか、そこまでしなければいけないのかだとか言われることがあるんだけど、転校すれば状況は解決するわけだし、もし、そのまま自殺してしまうようなことを思えば転校なんて鼻くそほどのコストなわけだし。

ごちゃごちゃごちゃごちゃ対応を話し合ったところで、今後気持ち良くその学校に通えることなんてないのは明らかなわけだし、なんでいじめられる側が逃げないといけないのかって、いじめられているからこそ逃げないといけないと思うし。いきなり刃物持ってる人が現れたら逃げるのと同じで。

転校=大変、大ごと、ちょっといじめられただけで転校なんて、っていう社会通念というか常識というか慣習に縛られ過ぎている人が多いなぁと感じる。

一時ブームだった、原発問題のときも同じように感じたことがあった。

あのときも、原発は怖い、怖いけど原発を稼働させないとエネルギーが足りない。火力発電だけだと環境に悪い。かといって今の技術では太陽発電とか風力、地熱、水力だけでは賄いきれない。だから新しいエネルギーで充分に賄えるようになるまでは原発をこれまで以上に安全に気を使って使っていこう、みたいな流になっていた。

けど、これも、原発をストップして、他の手段で賄えるだけのエネルギーで生活したらええんちゃうの?って思う。輪番停電ができたわけやし(ワチキは近くに病院があるから?か、停電しなかったけど)。今のエネルギー使用を前提とする必要はないと思う。

まぁ、あのときも、いやいや、経済活動がストップするがな的なことをさんざん言われたけど。ストップはしないでしょ。スローにはなると思うけど。命と引き換えにしてまで経済活動をグイグイ押し進める必要なんて全然ないと思う。

で、話は電通の新人社員の過労による自殺に戻ると、電通を辞めたらよかったのに。今だから言えるとかではなくて、ワチキは、後輩で悩んでいる人を見かけると、きっぱり、「お前、うちの会社あってないで。」と言うようにしている。実際に一人の後輩も悩んでいて、ずっとワチキは辞めることを勧めていたけど、そいつは辞めなくて。けど、悩んでいて。で、結局、会社にこれなくなってしまって、そのまま辞めることになったこともある。

別にその会社で働くために産まれてきたわけでもないんだから、辞めたってなんとでもなると思うけどなぁ。まぁ過労死とか過労による自殺、については、もう少し言いたいことがあるので、それはまた別の機会に。

※過労死とか過労による自殺、について、こちらに書きました。

電通新人社員の過労による自殺から何を学ぶかpart2

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