電通新人社員の過労による自殺から何を学ぶかpart2

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電通の新人社員が過労により自殺するといういたたまれない事件が起きた。

電通新人社員の過労による自殺やいじめ自殺から何を学ぶかでも書いたけど、辞めればよかったじゃん、というのが一番の処方箋だと思う。それはそうとして、そもそも月100時間とか130時間の残業時間ってどうなんだろう。

例えば毎日9時~18時(昼休み1時間)の8時間労働として、月に平日20日間働くとすれば、1日5時間の残業、毎日9時~23時の労働で月100時間残業となる。まぁ一般的には結構キツイ方だろう。けどこれって仕事の中身にもよると思う、というか仕事の中身の方が本当は重要だと思う。

自分がやってみたい仕事で、進め方の裁量も与えられているような場合は、まぁ100時間でも130時間でもやれるし、やりたい、と思うだろう。一方で、上から押し付けられた仕事で、100時間とか130時間ってのはもってのほか、50時間でも辛い。

残業に端を発する労働時間問題を扱う場合には、単純に労働時間の長短ではなくて、仕事の中身がどうなのか、とか、それに対する本人の意識はどうなのか、っていうのが一番重要だと思う。けど、このあたりは個々人の感覚によるところが大きいから、なかなか表だって議論するのは難しい領域ではある。

今回の電通のケースでは、本人の仕事に対する意識がどうだったのかは分からないけど、新人だから、ということで上から指示されて本人の気持ちやモチベーション関係なく仕事をさせられていた可能性は高いとは思う。

また、今回のケースでは徹夜で作った資料がダメだしされ、その作り直しのために休日出勤していた、みたいなこともあったようだが、知的労働の場合、ある業務に対してどれくらい時間がかかるのか、について客観的に示すのはなかなか難しい。ある人は1時間でできるかもしれないし、極端な話100時間かかってもできない人はできない。

ある程度経験を積んだ人間でも、既存のフレームワークを焼き直す作業ではなく、新たな発想が求められる業務において、要する時間を見通すことは難しいだろう。新人ならなおさらだと思う。

ちなみに、知的労働の場合は、単純に人が増えたらそれと比例してパフォーマンスも上がるかと言えばそうでもない。例えば、2人でやっていた仕事を4人でするようになったからといって、時間が半分になるわけではない。

まぁ、そういった過酷な状況の中でも、必死にもがきながら生き残った人が先輩や上司として存在しているので、彼らは必然的に「俺の若いころはこうだった~」的な武勇伝を語りたがるんだよなぁ。悪気なくただ武勇伝を自慢したいっていう無邪気な人もいるにはいるけど、大体は「それに比べて今の若いもんは・・・」的なプレッシャーをかけようとする性質の悪いのが多い。

そんな中でも生き残れるのは、本当に根性のある人か、要領の良い人か、どっちかだと思う。根性がなく、要領も悪い人が無理すると取り返しがつかないことになりがちだし、根性はなくても要領さえ良ければ、いくらでも生き残っていける。

ただ、いまだに日本社会って、要領良く生き残る人はなんとなく蔑まれ、根性出して食らいつく人がなんとなく評価されるっていう空気が根強く残っているのでなかなか難しいけど。

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