「なんで私が東大に!?」よりも「今ドキ学歴は、一生SNSに残るものだから。」

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電車内の広告で、予備校モノの広告を連続で見かけた。

「なんで私が東大に!?」(四谷学院) 最近は、慶應に!?とか、早稲田に!?とかのシリーズも増えたみたい。けどこれ、パッと見、偶然東大に入った、みたいに見える。もちろん広告の狙いは、東大なんて夢にも思ってなかった私が、四谷学院のおかげで東大に入れました!っていうことは分かるけど。

なんか、生徒の意思を感じないコピーなんだよな。記念受験で受けたらたまたま受かりましたわ~的なニュアンスが強くて。合コンに来た女子が、「たまたま友達に誘われて来ただけなんですぅ」とか言いながら、はしゃいでる感じというか。

で、一方の城南予備校の「今ドキ学歴は、一生SNSに残るものだから。」これいいね。

よく、学歴じゃねーから、みたいなこと言う人いるけど(この手のことを言う人は大体コミュニティ内での相対的な学歴が高くないことが多い)、いやいや学歴大事でしょ、と思う。もちろん、学歴が高くても使えない社会人もいれば、学歴が低くても優秀な社会人もいる。けど、確率的には、学歴が高い人に優秀な人は多いし、使えない人に学歴が低い人は多い。

学歴と社会に出てからの優秀さの因果関係があるのかないのかわからないけど、少なくとも相関はある。

ちなみに「東大卒です」って聞くと、どこかで、できるのかなって期待しちゃう。その分、できなかったときの残念さったら無いけど。一方「21世紀江戸大学です」って聞くと、え、大丈夫?って心配になっちゃう。その分、できたときの、すげーじゃん感は半端ないけど。

学歴じゃねーから派の人は、学校のテストができたからって、社会の課題は解けねーぞってことだと思うけど、学校のテストすらできなかった人が、社会の課題が解けるとも思わないんだよな。

もちろん、決まった正解がある問題を解くのと、正解が何かわからない、もっと言えば問題が何かもわからない社会の課題を解くのとは、使う脳みそが違うのは分かる。だから美大とか芸大でのクリエイターが名だたる社長のコンサルティングをしてるってのもわかる。

けど、一方で、本当にゼロからイチを生み出す仕事ってほとんどなくて、多くの仕事って多かれ少なかれ既にあるものの横展開だし、だからこそ成功事例のケーススタディとか成功事例分析とか、ワークフレームやツールやモジュールが多用されているってことを考えると、やっぱり成功を参照する力が重要だと思うんだよな。で、この力って学歴と関係する。

で、話を「今ドキ学歴は、一生SNSに残るものだから。」に戻すと、コピーライターは字面通りに、ずっとつきまとうSNSのプロフィール用に学歴をとろう、という狙いでこのコピーを書いたわけじゃないと思うんだよな。「高学歴で行こう」だとあまりにも身もふたもないから、SNSに残るって表現しているだけで。気持ちは「高学歴で行こう」だと思うけどなぁ。特に親目線ではね。

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