清原と岸和田の幸せな関係を岸和田出身者が考察

僕は大阪府岸和田市出身なのだが、知り合った人に岸和田出身と言えば、「あ~、あのだんじり(※ちなみに漢字では地車と書く)と~、清原」と言われ、誰とでも話が通じる。

今まで出会った人で、これで話が通じなかった人はいない。岸和田を全国区に押し上げているのは、まぎれもなく、だんじりと清原だ。

だんじり、清原 ⇒ ガラが悪い、ヤンキー、岸和田少年愚連隊、・・・

万人に共通する岸和田イメージを象徴するのが清原(とだんじり)だ。清原は岸和田を象徴していて、「岸和田出身」と言えばなんとなく清原みたいな人がいっぱいいるところとイメージされる。一方で球界の番長とも呼ばれる清原を清原足らしめているのは、岸和田出身という事実でもある。

清原と岸和田。ここにはお互いがお互いを特徴づける切っても切れない幸せな関係がある。

ちなみに、エリアと(組織とかでもいいけど)人がここまで密接に関連している例って他にないかと考えてみた。

ビートたけしと浅草 (浅草出身というのはビートたけしをビートたけし足らしめているけど、「浅草出身です」という人がいたとしても、「ビートたけしっぽい人がいっぱいいるところね」とはならないから、ちょっと違う)

スティーブジョブズとアップル(apple)(いい線いってそうな気がするけど、「アップルで働いていました」という人がいたとしても、「ジョブズみたいな人がいっぱいいるところね」とはならんからなぁ)

西郷隆盛と薩摩藩

これはいいかも。薩摩藩というのが西郷隆盛を西郷隆盛足らしめている感じがするし(西郷隆盛が長州藩だと違和感がある)、薩摩藩と聞くと、薩摩隼人、情に厚い、男として一本筋の通った西郷隆盛みたいない人、の集まりをイメージするもんなぁ。

で、話を清原に戻すと、岸和田の人は、これからも岸和田アイデンティティとして清原を持ち続けるんやろうな。逮捕という事実が、かえって岸和田アイデンティティを強固にしたんちゃうかな。箔がもう一個ついたというか。