ロハコ限定デザイン商品の持つ意義と可能性

Pocket

マーケティングの仕事をしていて、いつも残念に思うことがある。

それは、どれだけいいコンセプトが出来上がっても、どれだけいい商品が出来上がっても、そしてどれだけいいCMが出来上がっても、見た目のデザインがダサい商品があまりにも多いことだ。特に日用品と呼ばれる、ティッシュとか、歯磨き粉とか、洗剤とかって顕著にそうなる。

企業ロゴはこの位置にこのサイズでとか、商品名はこの大きさでとか、英語表記だけだと読めない人もいるだろうからカタカナ表記も大きくとか、一番の売り文句は一番目につくところにとかとか・・・

見た目のパッケージデザインに関しては、その企業その企業の不文律のようなものがあって、なかなか外部の人間が手出しできない。

そんな中でデザイナーが少しでもオシャレに見えるように懸命に頑張っても、結局は、企業が自前で持っているダミーの店頭棚に競合商品と一緒に並べてみて、目立つかどうか、それだけでデザインが決められていく。

デザインを考える上では、その商品が洗剤なのか、ハンドソープなのか、歯磨き粉なのか、その商品が何モノなのかが認識されることが第一優先であり、

その中でいかに目立つか、が第二優先となる。

そして、その商品の一番の売り文句を伝えることが第三優先となり、

ようやくオシャレなデザインのことが考慮される順番となる。オシャレかどうかは二の次どころか、三の次になってしまうのである。

結果、競合商品に似通ったダサいデザインが量産されていくこととなる。

いくらコンセプトの段階で、この商品は都会のオシャレな高感度ヤングをターゲットにした商品です、なんてことを規定したとしても、オシャレな高感度ヤングにとって一番大事なはずのデザインはオシャレにならないのである。

どれだけ商品は良くても、見た目がダサいから選ばれない、ということになる。

店頭で選ばれることを優先し、その商品がまとうべき世界観よりも、直接的、チラシ的な訴求を優先したデザインをすることで、結果ダサくて選ばれなくなるという悲しい矛盾が生じてしまっている。

けど本当は、買われるという瞬間のためのデザインよりも、買われた後、その商品が実際に使われるときに、気持ちの良い生活がおくれるようなデザインであるべきではないか、ということを常々思ってきた。

ただ、一方で、デザイナーズブランド、のようにデザインはオシャレだけど、本当に中身の機能とか大丈夫?とか、オシャレはオシャレだけどちょっと高すぎない?っていうのもちょっと違うかなぁとも思う。

機能はちゃんとしていてほしい。その上で、生活に寄り添ったデザインをまとった商品、そんなのが理想的だなぁと思っていたら、

ありました。

もともとは事務用品のオフィス専用通信販売企業のアスクル(あす、くる(明日、来る))の、個人向けの通販サービスロハコから出ている、ロハコ限定デザイン商品。

ロハコ限定デザイン商品

花王のリセッシュやらビオレu、マジックリンなどなどの、機能はちゃんとしているけど、店頭ではダッサくならざるを得ない商品たちが、オシャレな装いで売られている。

店頭よりは数十円程度高いけど、これ、全然ありやと思う。けど、そんなにまだ一般的になっていないのはもったいないよなぁと思う一方で、一般的になったらなったで、オシャレじゃない人も使うようになって、そのオシャレなデザインも一般化され、オシャレさ加減が薄くなっていくんだろうな、なんて思うに、今くらいのニッチな感じがちょうど良いのかもしれない。

売れてほしいけど、売れすぎても困る的な。

けど、メーカー視点で考えたら、せっかくロハコ限定デザイン商品のために新しい生産設備を整えたのに、これだけしか売れへんのかい、とかってなって中止になっていきそうだな。。。

Pocket

コメントを残す