マツコ・デラックスがブレイクしている本当の理由

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月曜から夜更かし、アウトデラックス、マツコ&有吉の怒り新党⇒マツコ&有吉 かりそめ天国、夜の巷を徘徊する、・・・

マツコ・デラックスのレギュラー番組。

別にHDDに録画するほどではないし、毎週絶対にテレビの前に鎮座するほどでもないけど、放映している時間帯がちょうど、家でお酒を飲みながらテレビをつける時間帯にマッチしているせいか、ついつい見てしまう。

それにしてもマツコ・デラックス、おそるべし。

多分、これらの番組以外にもレギュラー、特番問わず出演していると思うので、テレビに出ずっぱりだ。

なぜ、今、マツコなんだろう。

私の仮説は、マツコは現在の見世物小屋的存在であるという説。

珍奇さや禍々しさ、猥雑さを売りにして、日常では見られない品や芸、獣や人間を見せる小屋掛けの興行(ウィキペディアより)

であった見世物小屋は、時代が成熟し、人権意識や社会福祉意識等が高まるに従い、猥雑さや身体的特質を見せるのではなく、シクルドソレイユや木下大サーカスのような、芸を見せるものに変化していった。

そんな成熟した現在の、珍奇さや禍々しさ、猥雑さを売りにした、日常生活ではなかなかお見かけできない人間こそがマツコ・デラックスなのではないか。ガン見したくはないけど、チラ見したい。リアルに側にいてほしくはないけど、ブラウン管越しならぬ液晶越しにはいてほしい、そんな感じ。

ただ、マツコの見世物小屋的な人気の要因は、その日常の基準とは外れた姿風貌のせいだけでは無いと思う。

その日常の基準とは外れた姿風貌を持つ人間が、

すごく日常的な、生活臭漂う、ともすれば、日常の基準に従って生きていると思い込んでいるはずの一般人が忘れていたり、あきらめていたりする、

そんな日常の違和感やノスタルジックなエピソードをズバズバと投げ込んでくるところにこそ、マツコの現代の見世物小屋的な人気の要因があるのだと思う。

そして、それは、よくありがちな、毒舌とも違う。

マツコの口調は確かにキツいときもあるけど、それは毒舌家が何かを攻撃しようとし、また攻撃することで自分の優位なポジションを築こうとしてキツい口調になるのとは違い、あくまで一個人としての感情がそのままキツい口調として発露しているだけだと感じる。

そして、マツコに人気があるというのは、その感情がマスから共感を得ているということなんだと思う。

ともすればコメンテーター的な人って、自説を、傍から見て妥当かどうかはおいておいても、当人的には論理的なことを述べようとしがち。

でも、論理って、聞いている側に正しいか正しくないかとか、賛成するか否かという冷静な判断を求めてしまうけど、

感情的な物言いって、そこに話者の感情が入っていれば入っているほど、そしてそれが液晶越しという安全な距離感が保たれていれば、単純に面白おかしく楽しめるってことなんだろうな。

マスから共感される感情むき出しのマツコ・デラックス、おそるべしなのであります。

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