「立派な犯罪です」から良いポスターを描くためのコツを考える

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「自転車を盗むのは立派な犯罪です」っていうポスターを見かけた。ワイドショーとかでもいきったコメンテーターが「万引きは立派な犯罪です」とかって言ったりもするけど、立派な犯罪って表現おかしくないですか?

自転車を盗むのって全然立派じゃないもん。

立派な犯罪があるってことは、立派じゃない犯罪があるのか?と思ってしまうし。

いや、分かっていますよ。れっきとした犯罪でっせ、と言いたいっていうのは。

ちなみに、このポスター子供が描いたもの。今思えば子供の頃っていろんなポスター描いたな。毎年夏休みに水とか自然をテーマにしたポスターを描く宿題もあった。そういうポスターって判で押したよう大体みんな「水を大切に」とか「木を大切に」とかってコピー書いていたなぁ。むろんワチキも。

今思えば最悪のコピーを書いていたわけだけど、別に先生も何も言わなかったし、絵がうまいポスターとかは優秀作品とかに選ばれていた。

自分で描いた水のテーマのポスターで覚えているのが、川に生活汚水が流れこんでいて、川から魚がジャンプして、「水を大切に」と言っているポスター。結構絵が上手に描けたから美術の先生に褒められたのを覚えている。

一見、企画としてはまとまっている感じもするけど、水をテーマにしたポスターってこういうものでしょ、というポスターになっていて、全然心に響かない。これ見たからって、例えば特に環境とか水質汚染とかに関心ない人が、”家で油を排水に流すのをやめよう”とかって思うようになるとも思えない。そもそもこのポスターって誰に何を訴えかけたいのかがよくわからない。

美術のポスターとかって、この企画は誰に何を訴えたいのか、そしてどのような意識や行動の変化を生み出したいのか、という企画の基本みたいなことを教えるのに最適なテーマだと思うけど、そういう教育ってあんまりというか一切された記憶がない。今はどうなのかわからないけど、少なくとも公立小学校では教えていないみたい。

企画の良し悪しってセンスの問題とかって思っているのかな。先生が主観的にしか評価ができず、先生の評価を押し付けてしまう、みたいに。けど、本来良い企画って誰が見ても良いものだと思うし、仮にそうではなくても自分が良いと思う企画について、それをなぜ良いと思うのか、というディベートみたいなことをやればコミュニケーション能力もついて一石二鳥だと思うけどな。

「良い企画とは何か」みたいな授業をやってからポスターの宿題出せば、ぐっとレベルは上がると思うけどな。ご要望あらば出張授業しまっせ。

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