所得税配偶者控除103万円の壁から150万円に見るむなしさ

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来年度の税制改正大綱で焦点となっていた所得税の配偶者控除について、控除を受けられる配偶者の年収が年間103万円以下から150万円以下に引き上げることになったよう。

その背景が女性が働きやすい環境を整えるためとのことで、要は、今まではパートの年収が控除が受けられる103万円以下になるように、働きたくてもシフトを押さえていた(103万円の壁)のが、150万円までは働きたいだけ働いて、控除も受けられるようになったということ。

ただ、社会保険料が年収106万円から徴収されるようで、106万円の壁なるものもあるみたいだけど。

ちなみに、控除される人が増える=減税になるということで、その分は、高所得者、といっても1100万円くらいの人から余計に税金を徴収するということみたい。

所得の高い人からたくさん税金をとる(累進課税)、所得の再分配は世界的な常識だ、みたいなことが言われているけども、本当にそれでいいのか?

もちろん、所得の低い人もそれなりに生活ができるように、セーフティネット的なものは必須だと思うし、その負担を所得の高い人がすることもOK。

ただ、それを税金という形で無意識的に調整するのはどうなんだろう?

高所得者は、その人にお金を払ってくれる人がいるということで、世の中に価値を認められているから高所得者である。というと、いやいやそんなもんただの親の七光でしょとか、環境が恵まれていただけだとかいろいろ異論反論はあると思う。たしかに高所得者は、努力によって得た知識や能力以外に、家柄や本人の努力外の偶然などいろいろが重なった結果、世の中に価値を認められて高所得者になっているのだと思う。

こう書くと、高所得者といっても価値が認められていない人もいるのでは?という反論もありそうだけど、高所得=お金をたくさんもらっている=たくさんお金を払っている人がいる=たくさんお金を払っている人は価値を認めているからたくさんお金を払っている、とアッシは捉えている。

また、家柄や本人の努力外の偶然を持ちだすと別の論点が入ってしまうので、高所得者は努力によって得た知識や能力を発揮することによってなれるものとする(ここでの高所得者は年棒1億とかって人を想定しているわけではなく、1100万円程度なので、それほど乱暴な仮定でも無いと思うけど)。

すると日本の生産力を上げるためには、多くの人が高所得者(世の中に価値を認められ、その結果お金をもらう人)を目指さないといけないのではないか。お金儲けだけじゃないぞ的な反論もあるかもしれないけど、お金を払ってもらえるだけの価値を生み出さないといけないのではないか。

なかなかお金になりずらいものもあるぞ的な反論もあるかもしれない。けど、お金を払わなければいけないと思わせなければいけないのではないか。価値があると感じさせない限り、その価値は無きに等しい、ただのオナニーだと思う。

で、日本の生産力を上げることを考えた時、女性の社会進出という視点ももちろんあるとは思うけど、あえて言う、あえて言うと、年収を103万円を150万円に調整するかどうか程度の社会進出力と、年収900万円を1500万円になるまで価値を上げようとするのと、どちらが生産力向上に貢献するかってことだと思うけどなぁ。

ただこの前提は、日本の生産力を上げていくという前提のもとでの話であって、いやいやもう成長なんて御免ですわ。仲良く衰退していきましょう、ということであれば話は別だけど。

本当は税金という形で無意識的に調整することについての対策を書こうと思っていたけど、それはまた別の機会で。

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