【コツ】やらされ仕事を振られた時の処世術

いまいちモチベーションがあがらない仕事がある。

原因は分かっている。嫌いな、というか苦手な、というか、価値観が合わない、というか、要は一緒にやりたくない上司との仕事だからだ。

アッシもイイ歳なので、通常は一人でクライアントと対峙し、自分なりのスキルを駆使しながらなるべく自分がしやすい形に仕事を整えながら、仕事を回している。

もちろん、自分のやり方が100%完璧だと思っているわけではないし、クライアントの意向に沿えきれていないこともあると思う。

自分が今できていないことを自覚しないと成長は無いことも分かっているので、そんなに放漫な気持ちを持っているわけでもない。

なるべく自分のやりやすい進め方で仕事をしたい(それこそが一番自分のバリューが発揮できるとも思っている)と思っているが、もちろん自分の成長を感じる仕事には突っ込んでいきたいとも思っている。

多少苦しいことがあっても、キツイことがあっても、その先に成長が見込めるならばまだまだ頑張る体力はある。

けど、この上司との仕事は、なんかそんな感じがしないんですよね。

一言で言うと、考え方が浅い。考え方が浅いのに責任感だけは人一倍強いという最悪の価値観セットなんだよなぁ。

クライアントの表層的な悩みに真剣に乗って、ぐちゃぐちゃになっていく。

表層的な悩みごとって、ポコポコ次から次へと湧いてくるし、その場その場で変わるし、そんなものに一つ一つ対応していたらこっちの体力が持たない。

つどつど丁寧に対応してくれた、っていう満足にはつながるかもしれないけど。

そんなことやっているから、いつまでたっても働き方が改革されないってことに気づいてないというか、気づいていても、これまでの価値観に縛られてどうすることもできなくなっているというか。

でも、いいんですよ。そういう仕事の仕方ももちろんあるだろうし、それはその人の価値観だろうし。

アッシが言いたいのは、そんな仕事に巻き込まんでくれ〜、ということですわ。

打ち合わせしていても本質的な話はなく、表面的な行き当たりばったりの話題にしかならない打ち合わせ。

少し本質的なことを話そうものなら感情的になって、話が深まらない。

ただのやらされ仕事ですわ。

だったら断ればいいじゃん、っていうのはその通りなんだけど、一番タチが悪いのが、その上司は、人間的には嫌な人では無いというところなんだよなぁ。

その仕事にアッシを巻き込むのも、もちろんサポートを求めているというのもあるだろうけど、半分くらいは会社へアッシをアピールするために入れてくれているということが感じられるんだよな。

非常にありがたいお気持ちだ。 アッシもサラリーマン根性があるので、会社へのアピールの場を無下に断ることもない。

けど、ストレスを抱えながら仕事をするのも嫌だ。 だとしたら、アッシが進む道は一つ。

今の環境をストレスと思わず、何か自分に学ぶところがあるはずだという気持ちで臨むこと。さすれば道は開けん。

どんなやらされ仕事にも学びはある。

学びは、自分が気づくかどうか。

なのであります。

ZOZOの会員割引反発にみる、前田社長の・・・ヤフーによる買収

衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZO(ゾゾ)が2018年12月下旬に始めた会員制サービスを見直すことが21日までに分かった。

有料会員になると全ての商品が常時10%割り引かれるものだったが、サイト上の値引き表示に対して出店ブランドから反発の声があがっていた。

2月中旬をメドに、ゾゾタウンでの表示方法を出店ブランド側が選べるようにする。

出店ブランド側は、いきなり新商品が値引きされることでのブランド価値低下を恐れているみたい。

言わんとすることはわからないでもないが、だったら、ゾゾタウンなんて下品なサイトに出店しなきゃいいだけじゃん、って思うけどなぁ。

アッシは、服はお店で、現物を試着してからじゃないと買いたくないタイプなので、ゾゾタウンの仕組みもよく分かっていないし、どれくらい便利なものなのかも知らないし、知りたいとも思わないけど、 やっかみ半分、いや、やっかみ9割で言うけど、 前田社長ってキモくない? やっていることが下品というか。

奇抜なファッションでの株主総会発表くらいまではいいとしても、やれ剛力彩芽だの、やれ宇宙旅行だの、やれプロ野球参入だの、やれ一億円お年玉だの、 やっていることに知性と品性を感じない。

一億円お年玉も随分、賛否両論、盛り上がってたみたいだけど。 ただの成金のアホやん。 いやいややっかみ9割ですよ。

新橋でクダ巻いているおっさんの戯言ですよ。

「ゾゾスーツを元にしたPB商品が大不発」 なんてニュースで溜飲を下げてるイチ庶民なんですけどね、

そんなイチ庶民からすると、 やっぱり、 いくらブラック企業だ、既存のアパレル業界の慣習をぶち壊したと言われても、 安くてモノがよくて、 オリンピックスウェーデンの公式ユニフォーム契約を結ぶにまでなった ユニクロ、柳井社長の方が、断然かっこいいと思うのであります。

前田社長、辞めさせられましたね。。。

第一生命のラップCMか大同生命の中小保険CMか

第一生命のラップCMをよく見かける。

小気味良いラップに乗せながら20代のリスクを紹介して、20代のリスクに備えた保険を訴求するCM。

イマドキの20代にラップが流行っている(のは確かだと思うけど)とかっていうのに乗ってやってみたんだろうな。

確かにラップは耳残りがするし、ィヨー♪ィヨー♪と乗りやすくて思わず鼻歌交じりで口ずさんだリもするからCM向きと言えるのかもしれない。けど、ただ自社の言いたいことをラップに詰め込んでもなぁ。

そもそもラップって、その場その場の即興対決が面白かったり、自分自身のネガティブな部分をさらけ出したり、相手をディスったり、毒を入れつつも、マジリスペクト、みたいなのが良かったりするもんだと思う。自分の自慢ばっかりするラッパーがいても全然面白くない。

思えば、広告って毒気のある表現は嫌われるから、ラップとは対極的なのかもしれない。

中身も、「スマホの水没6.8%」とか「飲み会で失態8.4%」とかって結構あるあるでツカミは良いのに、そのオチが、そんなリスクよりも「健康診断の再検査12.3%」で「結構高い20代リスク」って。

最初見た時、スマホの水没とか、飲み会の失態とか、元カノの名前で呼んでしまうとか、そんなリスクに備えた保険が出たんだ!と勘違いして画期的やな~と関心しそうになったけど、ただの健康保険やん。

しかも、健康診断の再検査12.3%って聞いたからって、保険入っとこうって思うかな。この世代ってむしろ不健康自慢とか、労働時間自慢とかしたくなる世代でもあるから、ストレートに健康リスクの話してもあんまり効果ないような気がするけど。

まぁ不健康自慢とか労働時間自慢はこの世代に限ったことではないかもしれないな。「毎日睡眠7時間とってるで」とか、「野菜はしっかり食べてますわ」とか、「週に2回はジムで汗流しとります」なんてなかなか大見得切って言えないからなぁ。そんな風潮があるから、電通で新人が過労死したりするんだろうけど、それは別の機会に考察しようと思う。

で、保険といえば、海辺で波瑠が”ぜ~ったい、負けないから!!”と叫ぶ大同生命の中小企業向け保険のCMが潔くていい。コピーは『転んでも、起き上がればいい。何度でも。』

『パートナーです』とか『信頼して下さい』とかっていう浮っついた言葉ではなく、一発やってやろうぜ的な心のほとばしりを感じるなぁ。波瑠はそんなにかわいいと思ってこなかったけど、このCMの演出はいい。かわいいキャラではなく、芯に秘めた熱いものをもっているキャラが似合う。

住友生命の感動CM:dear my familyに比べて1upってどうよ

住友生命の1UP CMをちょいちょい見かける。

はじめは深夜ドラマかと思った。上田一こと瑛太や、吉田羊(最近ちょこちょこテレビで見かけるけど何がいいのか、よくわからない)とか、ジャングルポケット斉藤とか(ワチキはこういうどなり系の芸人が好き)が出ている。

これCMの内容がいまいちというか、全くよくわからないんだよな。話が入ってこないというか。1UPっていう商品のことも良くわからないままで。1UPってユーキャンか何かの自己啓発とかスキルアップ系のことかと思ったけど、違ってて働けなくなったときの保険なんだよな。全然伝わらないけど。

これ、たぶん、送り手が1UPっていうコンセプトに酔ってるんだと思う。「働けなくなったときのサポートって、ゲームとかで死んでももう一機ある、って状態だと思うんです」「だから、この商品は、自分自身がもう一機増える、1UPってことだと思うんです」「いいね~!」みたいな。

住友生命って、dear my familyっていう素晴らしいCMやってたのに。

生命保険のCMと言えば、万が一でも安心とか、家族を守りますとかっていうありきたりの文脈で、守る=ゴールキーパー、みたいなCMばっかりの中で、生命保険を、”自分が死んだ後も、残された家族がちゃんとそれなりに幸せに日常を過ごす”ためのものと捉えたCM。

これ、何回見てもジーンとくる。

保険のCMにありがちな「万が一はいつ起こるかわかりません」とかって言われても全然ピンとこないというか、まぁそれはそうかもしれないけど、自分にとって嫌なことだからかあんまり深く考えようとは思わない。で、心のどこかで自分はまだ大丈夫でしょ、と根拠のない自信で保険のことを深く考えないことを正当化してしまうんだよな。

保険会社とか、保険原理主義の人は、1人では背負いきれないリスクをみんなでシェアする、みたいなことを言うけど、なんかキレイごとにしか聞こえない。保険、保険って、結局保険会社が儲かるだけやんとも思ってしまう。

保険って自分が死ぬってことに賭けるっていう印象があるので、生きていると負けで、死んだ方が得やんみたいに思ってしまうところがある。だからワチキは生命保険に入らない=生きることに賭けていて、毎日賭けに勝っているという捉え方をしている。賭けに負けたくないから、必死で生きようとも思うし、そのためには健康体でいようとも思う。

保険に入ったら、心のどこかで健康体でい続けようと思うモチベーションが弱まるんじゃないか。ま、保険入っているしみたいに。医療費の高騰とかメタボとかがん検診とかの問題って、保険を無くせば意外と解決したりして。みんな必死でダイエットするんちゃう。

で、話をこのCMに戻すと、こんな風に描かれたら生命保険も悪くないなって思う。CMで死んだ後を描くのってタブー的な感じがあったのかもしれないけど、よくぞ踏み込んでくれた。

保険とかって商品の差なんてほとんど無いから、どの企業の商品かっていうのが大きな要素になると思うけど、その時に、大手だから安心とかってのももちろんあるのだけど、自分たちは生命保険をこんな風に考えている、例えば、「あなたが死んだ後も、残された家族がちゃんと幸せに日常を過ごす」ことを考えている、みたいな信念が見えるっていうのも大事だと思う。

勝率2割の仕事論(岡康道TUGBOAT)に見る本質をついた広告とは

広告代理店「電通」を退社し、4名のクリエイターとともにクリエイティブエージェンシー「TUGBOAT」を設立した著者は、電通時代から数々の広告賞を獲得しているスタークリエイターでもある。

ちなみに、クリエイティブエージェンシーとは広告代理店とどう違うのか。広告代理店のメイン事業は広告スペースの代理業。テレビ局や雑誌社、WEBサイト運営会社から広告スペースを買い取り、広告を出稿したい企業に販売して手数料を得る。土地を売買する不動産のビジネスモデルに似ている。

このときに大抵の企業は、広告スペースに出稿する広告表現も広告代理店に依頼する。広告表現に関して広告代理店が得る費用体系はケースバイケースで、実費としてかかる制作費のみを請求する場合(要は広告制作に関しては広告代理店に儲けはない)や、実費の数%~10数%の手数料を請求する場合、実費とは別にフィーを請求する場合などがある。

ちなみに、広告代理店の利益の6割くらいは広告スペースの代理業による手数料となっている。15年くらい前からずっと、もう手数料ビジネスは成り立たなくなると言われながらもしぶとく残り続けている。

で、クリエイティブエージェンシーとは、広告スペースの売買を行わず、広告表現だけを専門で行う会社のことを指す。費用体系はフィーとなることが多い。

で、話を勝率2割の仕事論に戻すと、著者の岡康道氏は広告代理店「電通」で広告表現を作っていたが、そこでの限界を感じ当時のチームメンバーと会社を飛び出し独立、起業した。サラリーマンクリエイターとして、広告主である得意先のサラリーマン担当者の要望に応えることに我慢がならなかったということが切々と書かれている。(本書は口述ということみたいだけど)

得意先のサラリーマン担当者が求めるのは上司に説明しやすい広告、すなわち調査受けする広告だ。広告には、「調査したところ70%の人がいいと言った」という事実が求められる。この場合の調査は、広告としての完成物を調査するのではなく、絵コンテと呼ばれるコマ割漫画の状態での調査となる。

広告作りのプロであるクリエイターですら、絵コンテの状態では想像もしなかった広告ができあがるものなのに、一般の生活者が絵コンテで判断できるはずがない。結局は、徹底的に分かりやすく、明るいものだけが調査で高評価を得る、とのこと。

そんな環境に立ち向かい、得意先のサラリーマン中間管理職が求める上司に説明しやすい広告ではなく、商品の本質や生活者の本質、商品と生活者の関係性における本質をついた、人の心を動かすメッセージ性のある強い広告、印象に残る広告を追い求める著者たちの奮闘記には勇気づけられる。

本質をつくというのは、送り手の都合の良い思いこみを一切排除し、自分の気持ちをごまかさない、自分の気持ちに正直であるということだ。

ジビエ料理なのにおいしい店、は人間関係でも使える

『ジビエ料理』って別に大して流行っているわけではないけど、なんかたま~に耳にする。

そもそもジビエ料理とは、

狩猟によって、食材として捕獲された野生の鳥獣である。主にフランス料理での用語。主に畜産との対比として使われる。狩猟肉。本来はハンターが捕獲した完全に野生のもの(仏: sauvage、ソヴァージュ)を指すが、供給が安定しない、また入手困難で高価になってしまうといった理由で、飼育してから一定期間野に放ったり、また生きたまま捕獲して餌付けしたものもドゥミ・ソヴァージュ(仏:demi sauvage、半野生)と呼び、ジビエとして流通している。近年ではフランス料理に限らず、狩猟から供給される鳥獣肉を使った料理にジビエと入れるケースがある。(ウィキペディア)

とのことだけど、まぁ飲食店で食べる場合はシカとかイノシシが多いと思う。

で、ジビエ料理を食べた感想って、だいたい「ジビエ料理なのにおいしい」って言われているのを聞く。まぁジビエ料理なのにおいしい店って結構あるんだろう。

けど、これ普通に考えたらおかしくない?「ジビエ料理 『なのに』 おいしい」って言うっていうことは「ジビエ料理=臭みがあって牛とか豚ほどはおいしくない」という前提があるってことやもん。

「ジビエ料理って臭みがあっておいしくないと思っていたけど、食べてみたら意外とおいしかった」って、なんかちょっと良いように聞こえるけど、普通に見たら、お金払ってまあまあそんなに悪くはないお肉食べましたわ、ってことでしょ。

もともとのハードルが低すぎるから、大したことなくてもちょっと良かったようになっているだけで、結果だけ見ると、別に大したことないというか。

けど、これって人間関係も同じだと思う。

人間関係は第一印象が大事で『第一印象が9割』なんて言われたりもする。確かに最初の印象が悪ければ二度とその先が無いようなケース、例えば、飛び込みで営業したとか、合コンとか、異業種交流会の場とかでは第一印象は大事だと思う。

けど、第一印象が良かろうが悪かろうが、ある程度はその先が見通されるケース、例えば、学校のクラスとか、サークルとか、入社とか異動での新しい部署の人たちとの関係などの場合は、実は第一印象は低めの方が良いと思う。

最初の第一印象がいくら良くても、やっぱり長く付き合っているとアラも見えてくるし、第一印象が良い分、逆にアラも目立つ。まぁ期待が大きいから多少のアラは、「まぁまぁたまにはそんなこともあるやろう」くらいで最初の方は済まされがちけど、やっぱりそれが積み重なっていくと、「え?」「まじで?」「大丈夫?」となっていって、「なんやあいつ見かけだおしやな」となってしまう。

で、経験で固められたレッテルってなかなか貼り変わらない。

それよりも、「なんやあいつ、無愛想やな」とか「あいつ、大丈夫か?」で始まるけども、「お?」「意外とやるやん」「おうおう、いいね」ってなっていって、「あいつは、ああ見えて結構やるで」となった方が得だと思う。

これをワチキは『第一印象最悪の法則』と呼んでいたけど、今日からこれのまたの名を『ジビエ料理の法則』と名付けたいと思う。

成果主義のデメリットを克服するために必要なこと

同じ会社なのに、A店とB店とでお客をとりあっているとか、ECサイトとリアル店舗でお客をとりあっているとか、営業マン同士の争いが激しいとかってことを相談されることがよくある。こういった競争の背後には成果主義がある。

成果を上げればそれだけボーナスがもらえたり給料が増えたりするから、会社という全体の成果よりも、個人や各店舗、各事業部ごとの成果を重視してしまっている。

もちろん給料を餌に競わせることで、競争が無い時よりも力を発揮することもあるとは思うけど、成果主義って歯止めがきかなくなりがちで、目先の市場だけを食いつぶすようになったり、冒頭の相談事のように本来は仲間であるはずのライバルを蹴落としてでも売上を追い求めるみたいなことになって社内がギスギスしたりとマイナスの要素が大きい気がする。

成果主義を背景にした自社内での競争って必要なんだろうか。本当は、競争なんかなくて、全員で売上げを上げる努力をするのが理想なのではないか。

競争を入れないと怠けるやつが出てくるってことなんだろうけど、とするならば、怠けるやつがでないような、みんなで頑張ってみんなが報われるような仕組みや組織を目指すべきなんじゃないか。安易ににんじんをぶら下げて競争原理に頼るのではなく。

で、そのベースとなるのは、社員同士の信頼関係であり、お互いがお互いを尊重し合うことであり、更には、仕事を金銭的な報いだけで捉えない心持ちだと思う。

中にはきっついだけの仕事があるのは分かる。けど、そうではなく、お金以外に、自分にとってプラスと捉えられる仕事もあるはず。というか、むしろ、仕事をそのように受け止める力、というかスキルこそが必要なのではないか。金銭的にはそこまで満足はしていないけど、これだけ人脈ができたとか、達成感があったとか、自己成長した、とか。

雇い手である経営者は、仕事を、お金以外の側面で捉える心持をつくることをすべきではないか。全員が納得するようなお金の配分は不可能。だからこそ、経営者はお金では換算できない何かを配分、というか与えなければいけないと思う。有限の物を分けて配るのではなく、無制限に引き出せる何かを。

そんな会社は強いと思うけどなぁ。

日産Note e-power(ノートイーパワー)×侍JAPAN CMってどうよ?

日産Note e-power(ノートイーパワー)×侍JAPANと題し、

稲葉監督が歩く姿と日産Note e-power(ノートイーパワー)が走る姿がオーバーラップしたCMを先日捕捉。

なんじゃこりゃ。

日産Note e-powerが野球日本代表の侍JAPANとコラボするってことだろうけど、

絶句ですわ・・・

何も伝わってこないし、何も残らない。

ぜひブログネタにしよう、と思っているような奇特な人以外、すっと流されて終わりだろう。

日産Note e-powerって、リーフで培ってきた日産の電気自動車に賭ける想いを大衆化するための、それこそマス向けフラッグシップ的なモデルやったんちゃうんかい。

その技術とか、電気自動車にかける想いとか、設計思想とか、いろいろ語るべきことがまだまだあるんじゃないの。

それを侍JAPANで何をごまかしとるねんと。

これは、野球好き、侍JAPAN好きの人をも冒涜しているんじゃないか。

どうせお前らこんなん好きなんやろう的な。お前らの好きな侍JAPANとコラボしといたら日産Note e-powerに興味持つやろ的な。

いや、アッシもね、侍JAPANとコラボすることを全面否定しているわけじゃ無いのよ。例えば日産という企業全体とコラボするなら、まだわかる。

サッカーW杯日本代表とキリン、みたいなね。

けど、一車種のプロモーションでコラボするようなモノじゃないと思うんだけどな・・

で、閑話休題。

日産といえば、DeNAと共同で自動運転の実証実験をしている。

日産とDeNAが自動運転レベル4で実証実験 横浜みなとみらい地区で

今回のコラボで侍JAPANのDeNAベイスターズ選手の扱いはどうなるのよ、っていうのはおいておいて。

世の中的に自動運転の実証実験系のニュースがチラホラ散見され始めているけど、なんかハンドルが自動で動く映像に違和感というか怖さがあるんだよな。ほんまに大丈夫?みたいな。もしハンドル切り間違えたらどうするの?みたいな。

で、思ったのだけど、

自動運転車ってハンドルなくせばいいんじゃ無いの?

ハンドルが変に見えているから不安になるんだよな。人が手にすることを前提に作られているものが誰の手にも触れられずに勝手に動くっていうのが。

もちろん、完全自動運転っていうわけではないとか、万が一のためにハンドルは必要だっていうのもわかるから、自動運転モードの時はハンドルを格納しちゃうとかでどうだろう?意外と不安感もなくなると思うけど、どうでしょう?

日大アメフトタックル アメフトにおけるコンプライアンスの難しさ

連日メディアを賑わす日大アメフトタックル問題。

反則タックルをした選手の記者会見を受ける形で、ようやく監督、コーチが会見を実施。

その内容についてはいろんなところで言われているように、誠実さ、覚悟が全く感じられない、ただただ保身に走った、言い逃れ、言いつくろい、言い訳だらけのひどいものだった。多くの現役部員が「あの会見はウソしかついていない」と言っているのがせめてもの救いというか光明か。

今回の件は、監督、コーチ、組織ぐるみでの入念な、ライバル校のキープレーヤー潰しの可能性が結構高いと思うのだけど、

100歩、いや一万歩くらい譲って言うと、とはいえ、監督もコーチもあそこまで明らかな反則プレーを通じてQBを怪我させようとは考えていなかったと思う。もうちょっとわからないようにしろよ、というのが本音だろう。

だから、あのプレーを指示したのか?という質問には、NO、ということになる。

問いただすべきは、

相手QBを怪我させようという意思を持っていたか?

なのだと思うけど、まぁこれはこれで内面の問題になるので、本人たちが保身に走ろうとしている中で真実を立証するのはなかなか難しいだろう。

ちなみに、これは以前も少し触れたのだけど、

アッシが大学でアメフトをやっていた頃は、

相手QBを怪我させる

というのは当然の心持ちだった。

もちろんルールに乗っ取った中でというのは当然だが、ハードヒット、ハードタックルでQBに限らず相手を負傷させるのは、賞賛されるプレイだった。

そもそも、アメフトとは、ボールを持っていようが持っていまいが、いついかなる場所でも縦、横、斜めとあらゆる角度からガチンコでぶつかりあうスポーツである。ボールを持っていない相手に後ろからぶつかるのは反則なのだが、ボールを持っていれば全くの死角である後ろからぶちかますのもOK。

防具をつけた100kg級の人間が全速力で走ってぶつかりあう、そんなスポーツなので、当然ビビっていたら話にならない。なので、試合に向かう選手たちは極限まで自分たち自身を鼓舞し、ある種のトランス状態に入っていく。

試合前ハドルと呼ばれる、試合前にベンチ裏で円陣を組んで、自分たち自身を鼓舞しあう、儀式のようなものがある。叫び声とも奇声ともとれる声を発しながら、中には涙を流しながら、自分たちの意識を非日常に持っていく。

そこでは、各人が想い想いの檄を飛ばしあう。

「絶対勝つぞ!」

「これまでの練習を思い出せ!」

「去年の最後のプレイを思い出せ!」

「このままじゃ引退できないぞ!」

などなど。

で、その中には

「○○(相手チームのキープレーヤー)なんかにびびってんじゃねーぞ!」

「ぶちかましてやれ!」

「ぶっ殺せ!」

「病院送りにしてやれ!」

なんてことも普通に出る。

そして、その勢いのまま試合開始を迎えるのがアメフトなんである。

けどまぁ今回の件を受けて、各校の試合前ハドルの発言にもコンプライアンス的な視点が入るんだろうなぁ。

「それ、言い過ぎ」みたいな。

文春砲かどこかが試合前ハドルをこっそり盗聴して明るみに出すとかもあるかもしれない。

けど、そうなったら、試合前ハドルも今までのように極限状態に持っていく感じにはならないかもしれないのだけど、一方そうすることで、逆に怪我は増えることになるかもしれない。

極限状態に持っていった者同士がぶつかり合うからこそ拮抗できていたものが、うまく極限状態に持っていけない人間がグランドに立つっていうのは猛獣たちが集うサバンナの真ん中に生身の人間が放り出されるようなものだから。

で、話を、相手を怪我させようとする心持ちに戻すと、教育的観点、スポーツマンシップ観点から、そういった邪な感情を持たないように育成するというのは当然あると思うけど、

一方で、内面の意思というのは外からは判断できないから、結局はプレイで判断していくことにならざるを得ない。で、結構これはアメフトの本質的なところの議論になっていく可能性がある。

アメフトにおける危険なプレーの一つに、死角からぶつかっていく、というのがある。専門用語ではトラップ(罠)というのだが(この言い方自体、スポーツマンシップ的にどうよっていうのもあるけど)、

簡単に言うと、1VS1でまさにぶつかりあおうと向き合っている相手が、急に全然違う方向に向かっていって、あれ?となった隙に全くの死角から別の相手がぶちかますプレイである。まさに相手をトラップ、罠にかけるわけである。

実は、アッシも全力で走ってタックルに向かっているときに、いつもならアッシを止めに来るはずの相手が来ずに、

あれ?

相手、ミスった?

よっしゃ〜、いったれー

!!!!!!!!

気づいたら吹っ飛ばされていた(予想外の相手に、全くの死角からぶつかられていた)、なんてことがあった。

幸い怪我にはいたらなかったけど、何が起こったのか理解できずに数秒間グランドに突っ伏したまま動けなかった。

もちろん、こういうプレイは相手を怪我させようというよりは、確実に相手をぶちかますためのものであるのだけど、相手を油断させてその隙をついてぶちかます、という意味では非常に怪我につながりやすいプレイとも言え、そういうプレイの扱いはどうなのっていうのはあると思うんだよなぁ。

スポーツマンシップという点から見ると、フェイクパスとかもあるし、そんなこと言ったら野球でも擬投とかっていうプレイもあるからなぁ。このあたりのことはまたの機会に書いてみます。

さてさて、関学はどう反応するんだろう?

パナソニックEV市場へ加速。車部品(欧州ライト企業)買収 他2本

パナソニック、車部品(欧州のライト大手)を買収

パナソニックが欧州の自動車用ライト大手、ZKWグループ(オーストリア)を買収。IT(情報技術)、電機大手が自動運転や電気自動車(EV)の普及で生まれるビジネスチャンス獲得へ動きを加速している一環のよう。

電気自動車になることで新しいプレーヤーが進出して、技術革新が起きてくれればいいんだけど、この記事で思い出したのがよく耳にする「早めのライト点灯」運動。

これ、夕方になったら自動で電気が点くように強制すればいいだけなんじゃないかといつも思う。技術はあるんだから。何のために2年に1回、車検しているのよ。そのタイミングで全車のライトをとり替えたらええだけやん~。

イオンで朝から囲碁・将棋 シニア向け、まず都内店舗で

イオンが、午前7時からカフェや食事、囲碁、将棋が楽しめる場所を設置したり、午前7時~9時に来店した客にポイントを与えたり、店の中を歩くだけでポイントを与えたりするらしい。

今後も増加する一方のシニアをいかに取り込むか、という真っ当な施策だとは思うけど、結局、囲碁・将棋かい。いや、囲碁・将棋が悪いとは言っていないんだけど、なんか何のクリエイティビティもないというか、”あいつらどうせこんなん好きなんやろ~”的な感じが見え見えというか。

しかも店の中を歩くだけでポイント付与って、なんか老人の『イオン入りびたり』みたいなことになりそう。昔は小中学生がゲーセンに入りびたるみたいなことが問題視されていたけど、今や彼らは部屋に閉じこもり、逆に老人がイオンに入りびたる世の中到来ってことかぁ。

まぁ、空調も効いていて、安全で、ご飯も食べられて、休憩もできて、いうこと無しだとは思うけど、そんな老後生活って魅力的かなぁ・・・・

ユナイテッド・ヘルスが、メンタルヘルスに関する質問に対するアドバイスにAIを活用

メンタルヘルスに関する想定質問に対してあらかじめ医師から得た解答を貯めておき、実際に質問された際に、質問者の属性等をAIが加味して解答する、という仕組みみたい。

これ、責任取れるんかいな?いや、生身の人間でも藪医者とかはいてるし、誤診とかもあるけど、なんかまだ人間相手ならだまされた自分が悪いとかっていう心の持っていき場所があると思うけど、AIやとなぁ。

AIに相談したんですけど、もうちょっと頑張れ、みたなことを言われて頑張った結果、結局うつ病になってしまいまして、、、みたいなことに納得できるかな??