心が打ち震えるビジョンとは何か?を教えてくれる、ラグビー日本代表リーチマイケル

ハーフアスリートよりダブルアスリート?正解はハイブリットアスリートでは、

ラグビー日本代表リーチマイケルについて書こうと思っていたら、思わぬ展開で大坂なおみからのハーフアスリートならぬダブルアスリートならぬ、ハイブリットアスリートの話になったので、改めて本題のリーチマイケルについて。

リーチマイケルと言えば、ラグビー王国ニュージーランド出身の、日本代表キャプテン。

15歳の時に留学で来日して以来、日本でラグビーを続け、2013年には帰化しているみたい。 ニュージーランドと言えば、アッシがもっとも好きな国の一つで、人口よりも羊の数の方が圧倒的に多い。

海あり、山あり、自然の渓谷あり、川あり、ヨーロッパ調の綺麗な建物あり、先住民文化あり、で、ペンギンもいればアルバトロスもいて、肉もうまければ、海産物もうまく、街もキレイで、英語圏なのでかろうじてコミュニケーションが取れ、かつ日本人が少ない、という最高の国なのであります。

そんなニュージーランド出身のリーチマイケルが引っ張る、ラグビー日本代表。

前回のワールドカップでは強豪の南アフリカにまさかの番狂わせで勝利を納めるという快挙も成し遂げた。

当時は、エディー・ジョーンズという、ニュージーランドと双璧をなすオーストラリア出身のヘッドコーチの元、日本代表はハードトレーニングにつぐハードトレーニングでフィジカルアップを課していた。

その甲斐あって?もしくはリーチマイケルを中心とした帰化した外国人のフィジカルのおかげかどうかはおいておいて、日本は見事に南アフリカを破ったのである。 15歳から日本に住んでいるということもあり、日本語も堪能なリーチマイケル。

前回のワールドカップ後、一旦日本代表を退くも最近また復帰したこともあり、またテレビでも見かけるようになった。

間も無く開幕するワールドカップ日本大会に向けての意気込み、みたいな文脈で彼が語っていたのが、

「勝ちたい、だけではここからは勝てない。なぜ勝ちたいのか、がないとこれ以上、上には行けない」 というもの。

いやぁ、ええこと言うわ。

ここからはアッシの勝手な解釈ですが・・・ 勝ちたい、なんて、アホでも言える。

スポーツやっていて、勝ちたくない人なんていない。

俺たちは、もう一個高めないといけない。

俺たちはなんで勝ちたいんだ?

お金のため?栄誉のため? そんなもののために俺たちはハードワークをしてるのか?

違う! 圧倒的フィジカルの差がありながらも、 それでも勇猛果敢に向かっていき、 倒されても倒されても食らいつき、 こんなひょろこい日本人でも勝てるってことを証明するためだろう!

さぁ、フィールドで大暴れしてやろう! みたいなことなんだと思うんです。

で、これって、ビジネスの現場でもそうで。

売りたい、なんてアホでも言える。

ビジネスやっていて、売りたくない企業なんてない。

私たちは、もう一個高めないといけない。

私たちはなんで売りたいんだ?

給料のため?昇格のため? そんなもののために私たちは残業をしてるのか?

違う!

○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ってことを届けるためだろう!

さぁ、やろう!

世の中のあまたの企業で、そこで働く従業員の心が打ち震えるような○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○を見つけ出す、

そんな仕事をし続けたいものです。

ふだんをアゲるシエンタの渡辺直美にイラっとする

和製ビヨンセこと渡辺直美が主婦役を演じるトヨタ、シエンタのCMの

♫ふだんをアゲるシエンタ〜♪ のメロディが頭から離れない今日この頃ですが、

ちなみに歌詞の詳細は、 買い物だってジムになる 普段をアゲるシエンタ〜

待ち時間だってカフェになる 普段をアゲるシエンタ〜

送り迎えはむかえフェス 普段をアゲるシエンタ〜

というものみたい。

で、「普段をアゲるシエンタ」 言わんとすることはわかる。

シエンタがあれば、日常生活がちょっと良いものになりますよ、ってことだろう。

けど、これ、下手な大学生が、ちょっとキャッチコピー書いてみました感が半端ない。

全然シエンタの魅力が伝わってこない。

CMの演出も嘘くさすぎるし。

いやいや、いいんですよ、イマドキはそれぐらいのほうが。そっちの方がメロディも残って、ついつい口ずさんじゃいますよね〜。 みたいな会議がされたんだろうな。

事実、アッシの頭、というか耳には残っている。

で、これでCMとしてはOKみたいなことが言われたりもするけど、いやいやいやいや、全然あかんやろう。

「いいモノ」として、頭でも耳でもに残さないと。

ただなんでも印象に残りゃあ良いってものじゃないでしょう。

シエンタは無いな、という認知を作っているだけにしか思えないけど。。

まぁ、主ターゲットの主婦には受けがいいのかもしれませんね。

それにしても、ニッシンボーとか、イチネンとか、もはや社名ということすら伝わらないCMをちょいちょいみかけるけど、広告費の無駄遣いでっせ。

で、その広告もさかくだる(遡るの逆ね)と顧客が支払っとるわけやからねぇ。

ワンマン経営者の独断なのか、怪しい広告代理店マンの入れ知恵なのかどうかわからないけども、誰かが言わないと、「これ、意味あります?」って。

って、そんなこと言ったら左遷させられるんやろうけどね。

若手ビジネスマンよ、マタイ効果を知っているか。三日坊主をはじめよう。

社会心理学でいう、「マタイ効果」と呼ばれる効果をご存知でしょうか?

「持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持ってない人は、持っているものまで取り上げられるであろう」( マタイによる福音書) というもので、

出典は新約聖書の「マタイによる福音書」。

例えばプロ野球選手やサッカー選手の誕生月を分析すると、 4〜6月生まれに偏りがあるという研究もあるそうで。

誕生月が早いことと直接強い関係があるかどうかはわからないけど、確かに幼少期から優れた成績を出せる人ほどチャンスを与えられる機会が増え、さらに優れた成績を出すことにつながっていく、というのは実感するところだ。

勉強でも「できる、わかる」と楽しくなって、のめり込むようになって、その結果どんどんできるようになっていく、という好循環が生まれる。

ただ、これを誕生月に還元してしまうと、運命決定論みたいになってしまうのだけど、もうちょっとフラットに、「何事も早くからスタートするのがいい」と捉えて見るのはどうだろう。

別にこれ、子供の成長に関する話だけではなくて、 例えば大人でも、何か新しいことを始めようとするときに、周りを出し抜こうとしてコソコソと独力でやるのではなく、

どんどん情報を発信すればするほど、 「あ、なんかあの人に聞いてみよう」とか「こういうのもあるよ」とかっていうのが生まれて、

人が寄ってきて関連情報が集まり、雪だるま式に情報が増えていって、いつしかその道の第一人者になっている、みたいなことが起きがち。

そう、「思い立ったら吉日」なんですよね。

とりあえず動き出すことで勢いが加速していくという。

もちろん先駆者たるもの失敗することもたくさんあるだろうけど、失敗かどうかも動き出さないとわからないからね。

失敗は次の成功のための資産と捉えれば、長い目で見てそれも成功の一要因とも言えるし。 最近の若い人は(こんなことをいう時点でおっさんですな)なかなか動き出そうとしないのよね。

インプットばっかりに気を取られてアウトプットしようとしないというか。アウトプットして自分の中にスペースを作らないとインプットできないはずなんだけどね。

思っていることをどんどんアウトプットしていきましょう。

「何かを始めるのに遅すぎるということはない」

「三日坊主をはじめよう」

社員のモチベーションを上げるただ一つの方法

仕事柄、「社員のモチベーションを上げたい」という類の相談を受ける機会が多い。

で、多くは、昨今流行りのパーパス・ブランディングよろしく、当該企業における仕事のパーパスを社員の皆さんと一緒に導いたり、自分が大切にしたい価値観に想いを馳せてもらったりといったプログラムをベースにカスタマイズして提供するのだが、

けど、よくよく考えてみると、「社員のモチベーションを上げたい」という課題設定って変じゃないか?

「社員のモチベーションを上げたい」の背後には、 「モチベーションを高く保ち、いい仕事をしてほしい」とか 「生き生きと仕事に取り組んでほしい」とか、 「自主的、自発的に新しいことに挑戦してほしい」とかとかってことがあるのだけど、

いい仕事とモチベーションって本当に関係するのか?

生き生きやろうが、テキパキやろうが、仏頂面でやろうが、ちゃんと結果を出せばそれでいいんじゃないか?

自発性とモチベーションって関係するのか?

プロフェッショナルって、モチベーションとかっていうそんなあやふやなものに左右されずに、どんなときでもちゃんとある一定のクオリティのアウトプットを出すのがプロフェッショナルじゃないのか?

逆に言えば、ちゃんとある一定のクオリティのアウトプットが出せていれば、モチベーションが高かろうが低かろうが関係ないのでは?

だとすると、 「自社にとってのいい仕事とは何か?」とか

「それを生みだすためにどんな指針を出せばいいのか?」とか

「それが生み出せない原因となっているものは何か?」といったことを考えることが先決じゃないだろうか。

そのプロセスを放棄して、 ただ単に、 「いい仕事をもっとしてほしい。」

「そう言えばなんか最近モチベーションが低い気がする。」

「昔はもっとみんな喜んで残業したり、言われた以上のことをやったりしてた。」

「やっぱ、モチベーションあげないと。」 みたいな思考になっているのって、

マネジメントとしてどうなんでしょうと思うけど。

ちなみに、 もちろん、1日の起きている時間の多くを仕事に費やすのだから、どうせ時間を費やすなら少しでも気持ちよく、仕事のポジティブな側面を見出しながらモチベーションを持ってやろうよっていうのはよく理解できる。

けど、やっぱりそれは強制するものではなくて、 「仕事のポジティブな側面は理解できるし、そういった側面も意識しながら仕事しようとは思うけど、

そんなに仕事に全エネルギーをかけて、生き生きとやろうとまでは思いません」っていうのもちゃんと受け入れないとなぁ。

その前提で、ある社員にとってモチベーションを上げるきっかけとなるのは、 仕事のポジティブな側面(いわゆるパーパス)を見出すってことなのだと思う。

ただ、繰り返しになりますが、モチベーションを高くやるのか、ほどほどでやるのかは最終的には従業員が決めることなのだと思うのであります。

ローラと辺野古とときどき村本。高須院長も。

ローラの、「辺野古埋め立て反対署名をホワイトハウスへ届けよう活動」に、高須クリニック高須院長が物申したことに対して、さらにウーマンラッシュアワー村本が噛み付いて、高須院長と村本の間でちょこちょこといざこざがあったようで。

権力による言論封じ込めだとか、CMのタレント起用はスポンサーの意向に叶うかどうかが全ての尺度である、的なことが喧しく言われている。

TVCMは、一義的にはスポンサー企業のモノであるから、スポンサー企業がその効果を納得できないCM内容やタレント起用は採用されない。

だから本いざこざに関しては、権力云々の問題ではなく、高須院長が言っていることが正論であり、そこに噛み付く村本はただの売名行為にすぎないとアッシは思う。

ただTVCMには公共の電波を使っているという意味合いもあるから、例えスポンサーといえども最低限のルールやらモラルを守る必要があって、じゃあその最低限って何を持って最低限とするのかっていうのがあるなぁ、、 とかって思っていたら、

先日、TBCのCMでローラが人魚に扮し、南国がどこかの綺麗な砂浜のビーチで「人魚は綺麗な海でしか住めない」みたいな、地球を守ろう的な(正確にはWE LOVE BEAUTY PLANET)ことを謳ったCMを見た。

あ、そういうことなん。

ローラはこのCMがあるから、余計にそんなに海を守ろうとか言っとるわけなんって思ったのだが、 嫁曰く、ローラってそういう娘らしいとのこと。

ペットボトルのものを飲むんじゃなくて水筒持参してたりとかするらしい。

アッシも、ウミガメの鼻の奥にまでプラスチックのストローが刺さって血を流している映像を見て以来、上島珈琲店でアイスコーヒーを頼んだときは、カウンターでストローをもらわないようにしているから、その気持ちもわかる。

というか、上島珈琲店のアイスコーヒーは銅製のタンブラーみたいなので提供されるのだけど、これ、銅の熱伝導性のおかげでプラスチックよりも飲みあたりが冷たく感じるから直接口をつけて飲んだ方が絶対においしい。

別に肩肘張って環境保護を訴えるつもりは全くなく、自分としてもおいしいコーヒーが飲めるし、それが環境保護になるなら、最高やん。っていうくらいの感じだけど。

で、この話で引っかかるのが、 TBCが「WE LOVE BEAUTY PLANET」とか言っていること。

TBCってエステの会社でしょ?やっていること、むしろ人工的やん。PLANET全然関係ないし。

「自然はありのままで美しい。No エステ。」とかやったらわかるけど。

最後に、ウーマンラッシュアワーの村本の政府やメディアへの噛みつきは嫌いじゃないけど、最近(特にローラ、高須院長問題では)、噛み付くこと自体が目的化している感じがするかなぁ。

回転すし、牛丼、ハンバーガー、ブラック企業にお客として行くのはどうよ?

ブラック企業としてニュースで取り上げられたり、そこまではいかなくてもなんとなく噂されたりしている企業がいくつかあるけど、そういう企業にお客として行くのってどうなんだろう?

もちろん法律を犯している場合は、改善するまで企業活動を停止すべきだと思うし、法律違反が分かっている店にはさすがに行かないけど、難しいのは、法律は犯していない、けどギリギリのラインでやっているのが何となくわかる場合。

例えば牛丼屋でも回転すし屋でも激安チェーン居酒屋でも、メチャメチャ安い店がいっぱいある。で、ここまで安いってことは原価はもとより、人件費も削りまくってるんやろうなっていうのがなんとなくわかる。法律は犯していないとするならば、そのようなお店の運営にケチをつけるつもりはないし、お客として低価格を享受するのももちろんOK。ただ、法律がいつも正しいわけではないってこともある。

まぁ雇主と雇われ側が正当に契約した上での低賃金や長時間労働であり、かつ雇われ側がいつでも辛かったら辞められる、という前提が守られていれば問題ないんだけど。

それにしても、人件費下げまくって劣悪な労働環境の結果生み出されているサービスを、”安くていいね”と無邪気に享受していいのかどうか、一旦気にし始めると悩ましい。といって人件費が高いという理由だけで、その分価格が高い店に行くかと言われれば行かないけど。

そんなこんなを考えていてふと思いついたのだけど、人件費と原価を開示するというのはどうだろう。うちは、時給いくらの人が何人シフトに入っていますとか、それぞれの材料の原価はいくらいくらです、みたいなことを例えばHPとかで開示する。

そうすれば、この店安いと思ってたけど、実はこんだけ原価ケチってるのか、どこ産の材料使っているねんとか、ここ安くてうまいけどこんなヒドイ人の使い方しているのか、適当に味付けしているんちゃうか、とかが分かって、さすがに行き過ぎた低価格競争にも歯止めがかかるんじゃないかなぁ。

労働問題で最低賃金を上げろみたいな話をよく見聞きするけど、一人あたりの最低賃金を上げたって総人件費を下げたい経営者はシフトをきつくするだけだからあんまり意味ないと思うんだよな。原材料についても、不正取引とか偽装とかがよく問題になるけど、それも原価を開示すれば、さすがにあやしいとかってのも分かるから良いんじゃないかな。

人件費と原価の開示、どうでっしゃろ?

【組織開発・インナーブランディング】社員のモチベーションが低いことへの対応

組織開発とかインナーブランディングという領域の仕事をしていると、「社員のモチベーションが低い」とか「社員の愛社精神が弱い」という課題を聞くことがままある。

そんなとき、モチベーションを上げるために、社員旅行を企画したいとかボーリング大会やBBQはどうだろうとか、最近だと、運動会をやった方が良いのかなぁという声も耳にしたりする。

まぁそれはそれでいいのかもしれないけど、社員旅行行ってその時はモチベーションが上がるかもしれないけどそれがずっと続くわけじゃないと思う。毎月のように社員旅行があれば別かもしれないけど。あ、けどそれはそれでマンネリ化しそうかも。

社員のモチベーションが低いという課題に直面した時に、考えるべきことは2つある。

目次 [非表示]

社員のモチベーションが低いときに考えるべきこと

どのような問題が起きているのかを考える

経営者やマネジメント層は、社員のモチベーションが低いことを問題視しがちだけど、実際に社員にインタビューすると実はそこまでモチベーションが低くないことが多かったりもする。【社員のモチベーションが低い】とすることでマネジメント層の思考が停止していることがままある。

モチベーションが低い(と感じている)ことでどのような問題が起きているのかを明らかにし、それはモチベーションが低いことだけが原因なのか、他に原因は無いのか、他に原因があるとすればその対処法は無いのかを考えてみると、やるべきことが見えてくることが結構ある。

自分たちの仕事の価値を再確認する

2つ目は、自分たちの仕事は世の中にどんな価値を生み出しているのか、どのような意味のある仕事なのか、を社員自らが再確認する。

効率重視で仕事が細かく分断され、各社員が部分しか担当しなくなっている企業には特に有効。異なる部門の人たちとの多様な関係性の中で、改めて自分たちの取り組んでいる仕事の全体像、ひいては、それが世の中にどのような価値を生み出しているのかを捉えなおす。そして自分のやっている仕事を、世の中に価値を生み出している仕事として、再定義し直す取組み。

これこそが企業ビジョン共有の本来の姿だと思うし、そもそも企業のビジョンつくりの根っこに位置すべきことだと思う。社員の想いとか価値観不在で、「信頼」「安心」「こだわり」「顧客志向」とかどこの会社でも言えるような、誰が聞いたってモチベーションが上がらないビジョンを経営層がコンサル会社とか広告代理店と勝手に作ってしまうのが一番の問題なんだけど。だからわざわざ”共有とか浸透”をさせなければいけなくなっている。

本当に心に響くビジョンなら、聞いただけでモチベーションが上がるはずだし、社員が動けるはずなのになぁ。

ヘルシアのノンアルコールビール:モルトスタイルは売れるか?

特保飲料の先駆け、ヘルシアからノンアルコールビールが発売されたようで。その名も、ヘルシアモルトスタイル。ヘルシアモルトスタイルについて、こんな流れで考察します。

ヘルシアモルトスタイル

ヘルシアとは

今でこそ、体脂肪を減らすのを助けるとか、脂肪の吸収をおだやかにするとか、血圧が高めの人向けとかっていう健康系のお茶がわんさか売られているけど、「茶カテキンの働きで体脂肪を消費しやすくする」を売りにしたヘルシア緑茶が健康茶市場を作りだしたパイオニアだった。

初めて飲んだら誰もがまずいと感じる衝撃的な味。けど、あの苦さというかまずさが、なんか体に効きそうという印象を与えた。良薬口に苦しを地でいく飲み物。

その後、ヘルシアって炭酸のヘルシアスパークリングとか、スポーツドリンクのヘルシアウォーターとか、缶コーヒーも出したみたいだけど、まぁどれも緑茶には及ばず、二番煎じ感が否めない。

緑茶が一個うまくいってヘルシアがブランドになったからヘルシアブランドからいろいろ他にも出して売上を拡大しよう、ということだと思うけど、普通の人は普段飲む飲み物を全部ヘルシアにしようなんて思わない。

ちょっと体に悪そうなコーラとかジュースとか缶コーヒーを飲むからこそ、ヘルシア緑茶も合わせて飲んで気分的には帳消しにしとこう、というのが心理だと思う。

だから、コーヒー出そうが、スポーツドリンク出そうが、そんなに爆発的にはパイは増えないと思うん。ヘルシア緑茶飲んでいた人が、緑茶よりも自分に合うカテゴリーのヘルシアにスイッチするだけで、ユーザー層が広がるわけでも、一人あたりのヘルシア消費量があがるわけでもないと思う。まぁ、あの緑茶の苦さが何とも嫌でヘルシアを敬遠していた人がスポーツドリンクなら飲めるっていうので少しくらいはユーザーが広がったかもしれないけど。

で、話をヘルシアから新しく出たノンアルコールビール、ヘルシアモルトスタイルに戻すと。

ヘルシアモルトスタイルについて

今更感が半端ない。

ノンアルコールビールと言えば、キリンフリーが完全にアルコール無しの0.00%を出して一気にメジャー化し、サントリーオールフリーがアルコール0に加えて糖質0(人口甘味料入っているけど)で追随。その後は、アサヒもサッポロもいろいろ出している成熟市場。

健康系でも、アサヒが出している脂肪と糖の吸収をおだやかにするアサヒスタイルバランスがあったり、サッポロが出している糖の吸収をおだやかにするサッポロプラスがある。

その中で、ヘルシアモルトスタイルの売りは当然、茶カテキンで脂肪を消費しやすくする。他のと一緒やん。

メーカー視点で言うと、脂肪の吸収をおだやかにするのと脂肪を消費しやすくするのは違うとか、茶カテキンがすごいんだってことかもしれないけど、ぱっと見は一緒。脂肪に効くのねっていう。

まぁ百歩譲ってそれは良いとしてもひどいのはキャッチコピー。

ヘルシアモルトスタイルのキャッチコピー

「あ、おいしい」

おい!!!!

「ヘルシアのノンアルコールビール?どうせ不味いんじゃないの?」

「いやいや、そんなことないんです、実は、おいしいんです。」

って言いたいのは分かる。分かるよ。けど、ヘルシアってあの不味さこそがヘルシアらしさであり、何かよくわからないけど体に効いてそうという印象を生みだしていたはずなのに。

もはや、ヘルシアじゃないね。ただの茶カテキンノンアルコールビールやわ。

ノンアルコールビール飲む人ってビールユーザーで、運転があるとか、昼だからとかっていう理由でアルコールは飲めないときに飲むもののはず。本当はビールを飲みたい、けど今は飲めないのでノンアルコールで我慢しますというシチュエーション。

そのときに、どうせ飲むならちょっと健康っぽいモノをって言うのは分かる。けど、そのときにヘルシア選ぶ?まずそうやん。ビール飲みたい時にわざわざまずそうなの選ぶ人います?

いやいや、だからおいしいって言っているんです、ってアホやん。ヘルシアということで一旦まずそうと思わせといて、けどおいしいんですって弁解するくらいなら、初めからまずそうって思わせる必要性ゼロやん。ヘルシアを名乗る必要ないと思うけどなぁ。

逆においしいヘルシアを買う理由もない。まずいからこそ効きそう、だから買う、ということのはず。

ちなみにヘルシアモルトスタイルの成分。

ヘルシアモルトスタイルの成分

デキストリン、茶抽出物(茶カテキン)、エリスリトール、麦芽エキス、ぶどう糖加工品、食塩、環状オリゴ糖、香料、酸味料、ビタミンC、甘味料(アセスルファムK、ソーマチン)

体に悪そうな添加物のオンパレード。なんか、全然ヘルシーじゃない。

まぁ多かれ少なかれ添加物が入るのはしょうがないとは思うけど、けど自分で「おいしい」って言うその根拠が香料とか人工甘味料ってのもどうよと思う。

ヘルシーにこだわって、天然由来の成分でここまで味を仕上げました、くらい言ってほしいな。

最後に

どんどん拡張していって失敗したブランドと言えば、ライオンの植物物語が有名だけど、ヘルシアも同じ道をたどるのかな。

緑茶はまだ健在っぽいけど、もし、このヘルシアモルトスタイルが本当においしいのだとしたら、ヘルシア緑茶がまずい必要性無いもんなぁ。下手したらヘルシア緑茶にも悪影響を及ぼすかもなぁ。

「立派な犯罪です」から良いポスターを描くためのコツを考える

「自転車を盗むのは立派な犯罪です」っていうポスターを見かけた。ワイドショーとかでもいきったコメンテーターが「万引きは立派な犯罪です」とかって言ったりもするけど、立派な犯罪って表現おかしくないですか?

自転車を盗むのって全然立派じゃないもん。

立派な犯罪があるってことは、立派じゃない犯罪があるのか?と思ってしまうし。

いや、分かっていますよ。れっきとした犯罪でっせ、と言いたいっていうのは。

ちなみに、このポスター子供が描いたもの。今思えば子供の頃っていろんなポスター描いたな。毎年夏休みに水とか自然をテーマにしたポスターを描く宿題もあった。そういうポスターって判で押したよう大体みんな「水を大切に」とか「木を大切に」とかってコピー書いていたなぁ。むろんワチキも。

今思えば最悪のコピーを書いていたわけだけど、別に先生も何も言わなかったし、絵がうまいポスターとかは優秀作品とかに選ばれていた。

自分で描いた水のテーマのポスターで覚えているのが、川に生活汚水が流れこんでいて、川から魚がジャンプして、「水を大切に」と言っているポスター。結構絵が上手に描けたから美術の先生に褒められたのを覚えている。

一見、企画としてはまとまっている感じもするけど、水をテーマにしたポスターってこういうものでしょ、というポスターになっていて、全然心に響かない。これ見たからって、例えば特に環境とか水質汚染とかに関心ない人が、”家で油を排水に流すのをやめよう”とかって思うようになるとも思えない。そもそもこのポスターって誰に何を訴えかけたいのかがよくわからない。

美術のポスターとかって、この企画は誰に何を訴えたいのか、そしてどのような意識や行動の変化を生み出したいのか、という企画の基本みたいなことを教えるのに最適なテーマだと思うけど、そういう教育ってあんまりというか一切された記憶がない。今はどうなのかわからないけど、少なくとも公立小学校では教えていないみたい。

企画の良し悪しってセンスの問題とかって思っているのかな。先生が主観的にしか評価ができず、先生の評価を押し付けてしまう、みたいに。けど、本来良い企画って誰が見ても良いものだと思うし、仮にそうではなくても自分が良いと思う企画について、それをなぜ良いと思うのか、というディベートみたいなことをやればコミュニケーション能力もついて一石二鳥だと思うけどな。

「良い企画とは何か」みたいな授業をやってからポスターの宿題出せば、ぐっとレベルは上がると思うけどな。ご要望あらば出張授業しまっせ。

気持ちを切り替えるための方法

気持ちを切り替えていこう、という言葉をよく耳にする。エラーしたときとか、失敗したときとか、思ってた通りにいかなかったときとか。

けど、よくよく考えてみると、気持ちってそんなにすぐ切り替わるものなのだろうか。

もちろん、くよくよしていてもしょうがないけど、なぜだめだったのか、何がよくなかったのかを振り返り、だめだった理由を少なくとも自分の中で結論づけない限り、本当の意味で気持ちは切り替わらないのではないかと思う。

周りが言う、気持ちを切り替えていこうっていう発言は、まぁ、そんなにくよくよするなよ、程度で使っていることが多いとは思うし、気持ちは切り替わらなくても、カラ元気ででも行動から変えることで気持ちが後からついてくるということはあるかもしれないけど。

本当の意味で前を向いて進むためには、過去を振り返ることが必要だと思う。

少し話は変わるけど、企業のビジョンやこれからのあるべき姿を考えるというときに、外部環境の変化や、世の中で流行っている事例を参考に考えようとする人が多い。
世の中の流行りを知ることももちろん大事だけど、新しいビジョンやこれからのあるべき姿を考える上で、大切なのは、これまでがどうだったのかを振り返ることだと思う。

これまでの取り組みはその会社だけが持つ資産であり、その会社のユニークさがそこにはあるはず。自分たちはそんなに大したことをしていないと思い込んでいるのかもしれないが、改めて自分たちの取り組んできた事実を資産として捉えなおしてみる視点が重要だと思う。

自分たちは何ものだったのか、どんな資産を持っているのかを再確認した上で、外部環境の変化を踏まえた、これからの姿を考えることが企業のあり方を進化させるのだと思う。