小学5年生の息子が中学受験をすることにしました。

息子が中学受験をすることにしました。

しました?

決めました?

決めさせました?

本人の意思確認はもう一度します。

小学5年生。10月。

今から間に合うのか?

いや、間に合わせる。

どうせやるなら楽しく、なんて甘っちょろいことは言いません。

死にもの狂いでやる気があるなら、

死にもの狂いでサポートします。

けど、死にません。

死んだら意味がありません。

死なない程度に、死にもの狂いでサポートします。

息子は今、野球チームに入っています。

野球は続けます。

野球と勉強の二刀流です。

チームメイトには、中学受験のためにチームを去る子供が毎年数人います。

主力級の選手でも、惜しまれながら辞めていきます。

僕は、その状況をいつも歯がゆい気持ちで見ていました。

え~、やっぱりあの子辞めるんや~。

結構な戦力ダウンやな~。

あ~、あの子いたらなぁ。。。。と。

野球か中学受験か。

その二項対立に終止符を打ちます。

打ちます?

打たせます?

終止符を打つことを、死なない程度に、死にもの狂いでサポートします。

息子の先輩の中には、野球推薦で高校を選ぶ子もいます。

息子は、その道を自ら絶ちました。

野球は突き詰める。」

「けど、高校は野球推薦では行かない。」

それは息子が明確に示した意志です。

僕はこの意志を最大限尊重します。

もちろん、中学で野球を突き詰め、中3の秋以降から勉強を本格的にし高校受験をする選択肢もありました。

しかし、15歳、体に脂の乗り切ったときに勉強に時間を費やしていいのだろうか、という疑問に突きあたりました。

高校では野球推薦で入ってくる子供たちがライバルです。

その子たちと勝負するのに半年のブランクは大きすぎます。

小学生の今なら、まだ自主練でカバーできます。

高校受験よりは、中学受験の方が入りやすいとも聞きます。

ちなみに僕は中学受験をしていません。

高校受験、大学受験にはそれなりの自信がありますが、中学受験は未経験です。

早速、赤本的な過去問集を買いました。

問題を見ました。

愕然としました。

けど、あきらめません。

今から、勝負です。

旅に出る服は写真に残る服。映える服を着よう。映えとか映えないとかとか。

「映え」こと「インスタ映え」こと、「インスタグラムで見映える」

今の時代、猫も杓子も、映え、映え、映え、映え。

味がおいしいか、モノが使いやすいか、気持ちがいいか、なんてことは二の次、三の次で、

大事なのは、インスタグラムで見映えがするかどうか、

今の時代、生活者を行動へと駆り立てるのは、

映えるかどうか、なのであります。

その裏には、SNSによる承認欲求、

要は、いいねが欲しい、自分の存在を認めてほしい、ということがあるようで、

”映え”る投稿をUPする → ”いいね”がつく → 自分の存在が認められる

ということのようですが、

これってなんかおかしくないですか?

いいねがついているのは、あなたではなく、映えたモノなり映えた場所なのでは?

違います。映えるモノとか、映える場所とともにいる私が、いいね、なんです。だって?

いやいや、それはあなたじゃなくても、いいねでしょう。

あなたである固有性は何もないよねっていうことは、あなたの存在が認められているっていうわけではないですよね、

なんて感じてしまうのは、ただの偏屈おやじなんでしょうか。

この映え現象、冷静に考えると、

映えるかどうかが行動を決める要因になるっていうのは、本来自分のものであるはずの行動原理を自分ではなく周りに委ねているってことにもなりますよね。

で、その周りっていうのは、場合によっては会ったことも見たこともない、ただいいねをしあうだけのソーシャルネットワーク上の人だったりもするわけで。

自律ではなく他律ですね。

旅行に行くのも、自分が本当に行きたいところよりも映えるところを。

旅行に来て行く服も、自分が本当に着たい服よりも映える服を。

そんなことでただ一度きりの人生、本当にいいのでしょうか。

なんて感じてしまうのは、ただの偏屈おやじなんでしょうか。

そもそも、会ったことも見たこともない人のいいね、ほしいかな。

あ、ほしいか。私もほしいな。

自分がやったことに対するフィードバックは確かにほしい。

ただ、映える写真っていうのは、果たして自分がやったことなのか、というのが論点なんだな。

映える写真っていうのは、

お前ら、こんなん好きなんやろう的な、こんなん用意しといたら映えるやろ的な感じで用意されたモノとか場所に、ほいほいハエのようにたかっているだけなんだよね。

その寂しさを自覚しないとね。

映えようと映えまいと、自分にしかできない何かを残したいものです。

ラグビー日本代表、世界NO.2アイルランドに勝利!アイルランドは勝ち点1を拾う蹴り出し選択

いやぁ。やりました。

ラグビー日本代表が世界NO.2の強豪、アイルランドに19−12で勝利。

いやぁ、すごい。

前回、4年前のワールド杯にて、当時世界NO.3だった南アフリカに勝利した際も、奇跡だとか、歴史的勝利だとか、世紀の番狂わせだ、なんて表現されたけど、

もはや、2連続となるこの勝利は、歴史的勝利でも、奇跡再来でも、世紀の番狂わせでもなく、まぎれもなく実力勝利。

力負けも速さ負けもせず、互角以上の戦いを繰り広げた結果、手にした勝利。

その実力が世界に認められたと感じたのは、最後の最後、残り数分、というところで敵陣深くまで攻め込んだシーンだった。

ちなみに、この試合、最後の最後で、7点差で負けているアイルランドがボールを取り、アイルランドには最後の最後、本当にラストワンプレイで同点に追いつくチャンスがあった。

ラグビーはトライで5点、その後のキックが決まれば2点入るので、ワンプレイで7点差を追いつくことができるスポーツだ。

そして、アイルランドは最後の最後にそのチャンスを得た。

そのとき、私は前回のサッカーワールド杯、決勝トーナメントのベルギー戦を思い出していた。

前半2−0で奇跡的に勝ち越していた日本が、後半、ベルギーに追いつかれ2−2。

さらに残り時間数分というところで日本ボールのコーナーキックがベルギーキーパーにキャッチされるや否や、電光石火のカウンターをくらい、15秒で失点した、あのシーン。

やっぱり格上は格上。世紀の番狂わせなんてそうそう起きるもんじゃない、ということを痛感したあのシーン。

アイルランドは世界2位、かたや日本は世界9位と明らかに格下の相手である。

下馬評ではワンプレイでトライ&ゴールを決めることも十分ありえる力の差だった。

さあ、やばいぞ。

アイルランドボールだ。

絶対止めるぞ。

そう身構えた瞬間だった。

目を疑ったが、アイルランドはボールを外に蹴り出したのだ。

??

え?

どういうこと?

終わりやん・・・

ボールを蹴り出した瞬間にノーサイドになることは明らかな状況でアイルランドはボールを蹴り出した。

当然、ボールがタッチラインを割ったところでノーサイドの笛が吹かれる。

歓喜にうずまくJAPAN。呆然と立ち尽くすアイルランド。

いやぁ、勝った、勝った。

けど、なんでアイルランド、最後ボールを蹴り出したのか?

なぜワンプレイで同点に追いつく機会をみすみすふいにしたのか?

実は、ワールドカップは5チームずつの予選ブロックに分かれて戦っていて、上位2チームが決勝トーナメントに進むことになっている。

で、その順位を決めるのが勝ち点で、

勝ち:4点

引き分け:2点

負け:0点

となっている。

そして、面白いのがボーナス制で

4トライ以上あげた場合は、+1点

7点差以内の負けも、+1点

というのがある。

ちなみに、前回ワールドカップでは、日本が歴史的勝利の南アフリカ戦を含む、3勝をあげ(3勝1敗)、

3勝1敗で日本、南アフリカ、スコットランドの3チームが並ぶも、ボーナス点の差で勝ち点が3位となり、決勝トーナメントを逃す結果となっている。

このボーナス点は意外とあなどれないのである。

そして、アイルランド。

そう、彼らは、最後の最後、ワンプレイで同点を狙いにいく(勝ち点2)のではなく、同点を狙いにいって逆に日本に得点されるリスク(勝ち点0)を恐れ、7点差での負け(勝ち点1)を選んだのである。

あの瞬間、アイルランドは、日本から点を取れる可能性よりも、日本に点を取られる可能性の方が高い、と判断した。

日本の実力を認めた瞬間だったのである。

もうお分かりかと思うが、この勝利は、奇跡でもなんでもなく、実力なのである。

いやぁ、それにしても、最後の最後に冷静に勝ち点1を手にしたアイルランド。

日本、アイルランド、スコットランドが3勝1敗で並んだ時に、笑うのはどのチームだろう。

もうしばらくラグビー日本代表から目が離せませんわ。

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑨〜初心者必見、注意すべき点〜

キャンセル待ち31万人とも、42万人とも言われる、絶頂睡眠、ジェットコースター睡眠が体験できるヘッドスパ、悟空のきもち。

ひょんなことから予約が取れ、体験してきました。

予約の取り方〜ここまでの体験エピソードはこちら。

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた①〜予約編〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた②〜体験編前半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた③〜体験編中盤〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた④〜体験編後半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑤〜施術編前半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑥〜施術編後半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑦~オチた?~

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑧~リピーター予約~

ここまでのエピソードも踏まえ、初心者のための、予約時、体験前、体験時における注意点をあげます。

【予約時】

・キャンセル待ちのLINEに友達登録しよう

 とはいえ、リピーター予約が何よりも優先されるため、キャンセル待ち通知が来る頻度および可能性は少ないと考えられます。

なので、

・こまめにHPの予約カレンダーを確認しよう

リピーターは2ヶ月、3ヶ月後と結構先の予約を入れているため、急なキャンセルになる可能性は高い。

LINE通知するほどまとまった枠はなくても、1枠2枠であれば、結構な確率で空くことが予想されるので、とにかくこまめにHPをチェック。

そして、チェックする時間は早朝の時間帯ががおすすめです。

日中は同じようにHPをチェックしている人が多いことが想定される、ということに加え、

キャンセルする側の気持ちとしては、キャンセルなんてTo Do的には優先度が低いし、

ひょっとしたら予定が変わっていけるようになるかもとギリギリまで引っ張りたい、ということもあるので、ギリギリ前日の夜にキャンセルしがち。

キャンセルが入るや否やカレンダーに空きが表記されるシステムだとすると、夜〜早朝にかけてが空き枠表示に出会える確率が高くなると思われます。

【体験前】

・来店は予約時間の7〜8分前に

HPには、待合スペースが狭いため早くても5分前に来店するように、との記載があり、私も、どれだけ狭いねん、と思っていたが、実際行ってみると、普通にスペースがあって一人がけのソファーも結構な数があります。

あんまり早く来られても、ごちゃごちゃ、ざわざわして、店の空気感的にもよくない、という店側の思惑もあると思うけど、まぁ7〜8分前に着いても全然大丈夫だと思われます。

5分前より早く来ないで、って、そんなギリギリを狙って移動すると遅れる可能性が高くなって、逆プレッシャーですしね。

あ、けど、ひょっとしたら、そういった緊張感、逆プレッシャーを事前に与えることで、より、眠りに入りやすいコンディションにさせられてるのかもしれない笑

ちなみに、原宿神宮前店は、近くに時間が潰せるようなところがない。歩いて5分くらいのところにファミリーマートはあるけど、ちょっと狭目。

まぁ、外国人だらけだから、うろちょろしていてもそんなに怪しくはないと思うけど。

ということで、まぁ7〜8分前を目安に来店すればいいかと思います。

【体験時】

・靴下は脱がないように

リラックスすべく靴下を脱ぐように促されるけど、エアコンの効いた部屋でじーっと60分横たわっていると結構冷えるのよね、足先が。

で、その冷えが意識を覚醒して気持ちいい眠りにオチられないので、靴下は履いたままで施術を受けよう。

・服装は長袖のシャツで

これも、靴下同様、施術を受けていると結構冷えてくるので長袖がおすすめ。

・音飛びのBGMを気にしない

BGMを気にしないって、結構難易度の高い心がけになりますが、いい音楽だな〜なんて、BGMに気を持っていかないのがポイントかと思います。施術の手ワザと、スタッフの容姿や気持ち、バックグラウンドに意識を集中しましょう。

原宿神宮前店のアンケートに音飛びのことを書いたので、次回行った際には音飛びしなくなっていることを期待します。

【終わりに】

私は無事オチることができたけど、やっぱり初めてということで結構緊張しました。

気持ちよくなるための施術を受けているはずが、施術が終わってから気持ちよく伸びをしたくらいなので、施術中は緊張からか結構体がこわばっていたのだと思う。まぁエアコンで冷えてたせいもあっただろうけど。

ただ、物理的に頭がほぐされた効果か、体験以降、夜の睡眠が深くなったような気がするので、定期的に行くのがいいのかも。

ということでまた、また来月、リピート再訪してまいります。

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑧~リピーター予約~

キャンセル待ち31万人とも、42万人とも言われる、絶頂睡眠、ジェットコースター睡眠が体験できるヘッドスパ、悟空のきもち。

ひょんなことから予約が取れ、体験してきました。

予約の取り方〜ここまでの体験エピソードはこちら。

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた①〜予約編〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた②〜体験編前半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた③〜体験編中盤〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた④〜体験編後半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑤〜施術編前半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑥〜施術編後半〜

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑦~オチた?~

1セット15分くらいの予測可能な単調なリズムの繰り返しが続き、徐々に思考能力が削り落ちていく中、

靴下を脱いだがゆえに足先からくる冷えに意識が覚醒し、

さらに、BGMの癒し音楽が、途中途中で定期的に音飛びするためにさらに意識が覚醒し続けるという中でも、


野球の試合開始時、審判の掛け声で両チームがベンチから飛び出して、ホームベース前に整列している自分に、

ん?

あ?これ?オチた?

となっているや否や、

河井さんからの「はぁ〜い、それではお時間になりますぅ」の囁き声。

私、オチた?

一瞬?

一瞬だと思っているだけで、実はもっと長いことオチてた?

河井さんはどこかよそよそしい??

寝てましたかって聞くのも恥ずかしいし。。。

う~ん、

一瞬だったのか、実は数分だったのか、真相は分かりませんが、たとえ一瞬でもオチたのは事実であります。

その後、靴に履き替え、夜空、うさぎ、月のエレベーターに乗り、1Fに戻ると、

身だしなみを整える小部屋にて飲み物をいただきながら、次回の予約方法の説明を受ける。

予約はお店のipadでやるのだが、

ここでびっくり!

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた①〜予約編〜

でも書いたけど、

今回の来店予約をした際、3か月先までびーっしり×が並んでいて、ぜんっぜん予約が取れなかったあのカレンダーが、

実は結構空いているのである。

どういうこと?

そう、

悟空のきもちはリピーター優先(どころじゃない。リピーター専用に近い感覚)で予約ができるシステムだったのである。

リピーター予約用カレンダーでは、1か月先くらいからチラホラ空きだし、2か月先、3か月先までいくとほぼ空きである。

いやいや、これにはびっくりですわ。

がらっがらやん。

けどまぁ近づくとリピーターで埋まっていくんだろうな。だから新規客は予約が取れないことになっていくんだろうな。

で、このリピーター優先して予約取れる権利は、このとき、この場所しかないみたい。

だったらということで、次行くかどうかはまだわからないけど、後々キャンセルとか予約変更もできるということもあり、とりあえず3か月後に予約を入れました。

新規の予約時にあれだけ×だらけで苦労した予約だったけど、好きな日時から自由に選んでできるなんて、

最後の最後で、最高の満足感を味わいながらお店を後にしましたとさ。

最後に、

初心者の人向けに、予約時や体験時に注意すべきことをまとめました。

悟空のきもちで絶頂睡眠、行ってみた⑨〜初心者必見、注意すべき点〜

飲食店でドタキャンした電話番号を照合するシステムが無料提供

飲食店のドタキャンに関してこんなことが始まったそうで。

全日本飲食店協会、電話番号でドタキャン歴を照合するシステムを無料提供。

これ自体は、めちゃめちゃ分かるんです。

飲食店側からすると、予約席を確保しておいたのにドタキャンされるって。そりゃ、営業補償の一つでも必要でしょう。個人店舗なら尚更ですよね。

営業補償が得られないのなら、そんなドタキャンするような客の予約は受け付けたくないですよね。

だから、こういったシステムが飲食店側からの要望で生まれるのは頭では理解できるんです。

けど、 けど、ですね、 なんか腑に落ちないんですよね。

なんでドタキャンの連絡を入れないんだろう???

「お客様は神様です」なんて言葉を客側が履き違えてはいないだろうか??

「お客様は神様です」っていうのは送り手側の話であって、受け手側がそれを真に受けたらいかんだろうと思うんです。

ちなみにこういうのって、会社の会議室予約とかでもあると思うんです。とりあえずキープしとけ、みたいな。

もちろんアッシもしがないサラリーマンなので万が一に備え会議室をキープしておきたいっていうのは分かるんです、分かるんですけど、キャンセルになったら即座に一報入れましょうよって思うんですよねぇ。

その数分で社会的コストが大きく減少するんですからねぇ。

で、話をこの飲食店システムに戻すと、飲食店側からするとドタキャンのせいで売り上げが落ちてしまっているという事情があるんだと思うので、こういったシステムが発生してしまうのは仕方ないことだと思うのです。

けど、なんかこういうシステムで管理することで、殺伐とする社会が嫌なんですよねぇ。

まぁ結局こういうのは人間性の問題だと思うし、つまるところは教育の問題だとは思うのです。

ドタキャンして平気な人がドタキャンして平気な人を生みだしてしまっているんだと思うんです(生物学的な親子とは関係なく)。

けど、青臭いかもしれないですが、人間関係ってそういうことじゃないと信じたいんですよね。

こんなシステムなんて無くてもうまく回る社会がきっとできるはずだって、人間には自浄力が備わっているはずだって信じたいんですよね。

こういうシステムが生まれないために自分自身何ができるのかわかりませんし、今できることと言えば身の回りの人にドタキャンするなら連絡入れようなって言って回ることしかとりあえずできることは思い浮かびませんが、

こういうシステムに頼らない社会が実現することを切に願いながら、本日は筆を置かせていただきます。

【コツ】やらされ仕事を振られた時の処世術

いまいちモチベーションがあがらない仕事がある。

原因は分かっている。嫌いな、というか苦手な、というか、価値観が合わない、というか、要は一緒にやりたくない上司との仕事だからだ。

アッシもイイ歳なので、通常は一人でクライアントと対峙し、自分なりのスキルを駆使しながらなるべく自分がしやすい形に仕事を整えながら、仕事を回している。

もちろん、自分のやり方が100%完璧だと思っているわけではないし、クライアントの意向に沿えきれていないこともあると思う。

自分が今できていないことを自覚しないと成長は無いことも分かっているので、そんなに放漫な気持ちを持っているわけでもない。

なるべく自分のやりやすい進め方で仕事をしたい(それこそが一番自分のバリューが発揮できるとも思っている)と思っているが、もちろん自分の成長を感じる仕事には突っ込んでいきたいとも思っている。

多少苦しいことがあっても、キツイことがあっても、その先に成長が見込めるならばまだまだ頑張る体力はある。

けど、この上司との仕事は、なんかそんな感じがしないんですよね。

一言で言うと、考え方が浅い。考え方が浅いのに責任感だけは人一倍強いという最悪の価値観セットなんだよなぁ。

クライアントの表層的な悩みに真剣に乗って、ぐちゃぐちゃになっていく。

表層的な悩みごとって、ポコポコ次から次へと湧いてくるし、その場その場で変わるし、そんなものに一つ一つ対応していたらこっちの体力が持たない。

つどつど丁寧に対応してくれた、っていう満足にはつながるかもしれないけど。

そんなことやっているから、いつまでたっても働き方が改革されないってことに気づいてないというか、気づいていても、これまでの価値観に縛られてどうすることもできなくなっているというか。

でも、いいんですよ。そういう仕事の仕方ももちろんあるだろうし、それはその人の価値観だろうし。

アッシが言いたいのは、そんな仕事に巻き込まんでくれ〜、ということですわ。

打ち合わせしていても本質的な話はなく、表面的な行き当たりばったりの話題にしかならない打ち合わせ。

少し本質的なことを話そうものなら感情的になって、話が深まらない。

ただのやらされ仕事ですわ。

だったら断ればいいじゃん、っていうのはその通りなんだけど、一番タチが悪いのが、その上司は、人間的には嫌な人では無いというところなんだよなぁ。

その仕事にアッシを巻き込むのも、もちろんサポートを求めているというのもあるだろうけど、半分くらいは会社へアッシをアピールするために入れてくれているということが感じられるんだよな。

非常にありがたいお気持ちだ。 アッシもサラリーマン根性があるので、会社へのアピールの場を無下に断ることもない。

けど、ストレスを抱えながら仕事をするのも嫌だ。 だとしたら、アッシが進む道は一つ。

今の環境をストレスと思わず、何か自分に学ぶところがあるはずだという気持ちで臨むこと。さすれば道は開けん。

どんなやらされ仕事にも学びはある。

学びは、自分が気づくかどうか。

なのであります。

夏目三久アナと父親の関係①仮

父親には感謝をしている。

とはいえ、別に手放しで100%めちゃええ親父や〜、というわけではない。

そりゃあいろいろな思いはある。

けど、トータルすれば当然プラスにある、という意味で、感謝をしている。

まぁマイナスの部分も、自分がそれを反面教師にしていることを考えると全部プラスなのかもしれないし、マイナスなことを反面教師として捉える、という考え方が身についていること(意図的であれ結果論であれ)自体がプラスだとも言えるだろう。

いろいろと込み入った関係性はあるけれども、年に数回しか会わないことを考えると、あと20年生きたとしてももう60回会わないかもしれないなぁなんて考えると、まぁいろんなことも許せるようにもなる程度にはアッシも大人になった。

だから、これは本心100%で思っているというよりは、もうええねんけど、まぁ一応思ったから言っておこうかな、程度の甘噛みだと思って読んでほしい。

最近、親父が家に遊びに来て、嫌なところを再発見してしまった。

いや、前々から気づいていたけど久しぶりに会って、やっぱりなと思ってしまった。

それは、 親父は、汁物を食べる時の音がうるさい。

ずるずる〜、ずぞぉ〜、ずぞぉ〜、じゅるじゅる〜、くっちゃくっちょ、・・・

いや、汁物だけじゃない、基本的に何かを食べる時の音がうるさい。

親父は昔からガムを食べるのが好きで(好きというか、顎を鍛えるとか、歯が丈夫になるとか、そう考えている節がある)、

子供心にくっちゃくっちゃ食べるなぁ〜と思っていた記憶があるし、 おかんにそれを指摘されてよく夫婦喧嘩をしていた記憶もある。

いや、 別にいいのよ。もうそんな思いをするのもあと60回も無いかもしれないんだから。ある意味その音を聞くのももうカウントダウン体制に入っているんだから。

今日は、その嫌さ加減を書きたいのではない。

ちょっとしたことに気づいたのである。

それは、一緒にラーメンを食べている昼下がりのことだった。 相変わらず親父は、ずるずる〜、ずぞぉ〜、ずぞぉ〜、じゅるじゅる〜、くっちゃくっちょ、・・・ 人一倍大きな音を立てながらラーメンを食べている。

もおぉ〜気持ち悪いな〜 と思いながらも、なんで親父はこんなに音がうるさいんやろう、何が違うんやろう、と何気なく嫁さんやおかん、子供の食べ方に注意を払ってみた。

すると、驚いた。 嫁さんも、おかんも、子供も、注意を向けてみたら、みんなうるさいやん。

子供なんか、うるさいどころか、麺を吸引する力が弱いせいか、丼から吸い出されんとする汁にまみれた麺先がぴちょぴちょと汁を跳ね飛ばしながら、その汁が服に飛び散りながら、ゆるゆる、ずるずる、口に吸い込まれているのである。

そして、嫁さんも、おかんも、まあまあの音を立てているのである。

あれ? みんなうるさいし、それなりに汚い感じするやん。

どういうこと?

ということで、夏目三久ちゃんとの関係に触れながら次回に続く。

夏目三久アナと父親の関係②仮

前回の記事で父親の嫌なところとして、ご飯を食べる時の音がうるさい、ということを書いた。

繰り返しになるが、アッシは父親のことを100%肯定?ありがたい?とは思っていないけど、トータルすればプラスの感情を持っている。

そして、別にもう今更いいんだけど、この話をしないと本題に進まないからあえて言っているのだが、ある日も、父親はうるさくラーメンをすすっていた。

で、なんで親父はこんなに音がうるさいんやろう、何が違うんやろう、と何気なく嫁さんやおかん、子供の食べ方に注意を払ってみたところ、みんな、それなりにうるさかったのである。

これはどういうことか?

よく、建設中のマンションとかビルの工事現場に、騒音○○db(デシベル)みたいなんがあって、

あれ自体は、うちは騒音に気を使ってますよ、ほら50(かなんか知らんけど)dbしか出ていないでしょという単なる自己満アピールツールだと思うけど、

親父の食べ方話でいうと、多分、db(デシベル)的には、別に親父だけがことさら音が大きい訳では無いということだと思うのよ。

実は、誰もが同じくらいの音で食べていると。

親父であろうと、子供であろうと、夏目三久ちゃん的女子アナであろうと。

夏目三久ちゃんと言えば、アッシの親友が先日モノホンと対談したらしく、

その時の印象がめちゃお嬢とのことで羨ましい限りであり、

握手でもしたのか気になるところであり、

夏目三久ちゃんと言えば、有吉マツコの怒り新党をソツなくこなしていた印象があり、

それで気になって調べたら、局アナ時代に大学生時代の彼氏とのホテル写真がスクープされたことで独立したみたい、

ということだけど、

そう、夏目三久ちゃんもきっと、 一緒に2人で飲みに行って、 アッシは約束の15分前には店について、一通りメニューに目を通しながら、トイレも済まし、鏡で身だしなみを整えながら、 10分遅れで来た夏目三久ちゃんが、

「ごめんなさい〜、お待たせしちゃって〜」

「いや、俺も今来たとこやから」 から始まって、 いろいろ飲み食いしながらも、ちょっと遠慮がちでお腹いっぱいは食べてないのもあって、お店を出た時に、

「次、どうする? あ、明日も朝、番組早いもんな。 そしたら、軽くラーメンで締めよか。」 なんて言いながら入ったラーメン屋さんでラーメン食べると、

ずるずる〜、ずぞぉ〜、ずぞぉ〜、じゅるじゅる〜、くっちゃくっちょ って、音、出してるってことやと思うねん。

けど、夏目三久ちゃんやったら、そんな音すら、愛おしいというか、官能的というか。アフターを想起させるというか。

アッシは何が言いたいんでしょうか。

そう、親父だけがうるさいわけじゃないねん。

親父に対するいろいろな感情が、親父の汁物を食べる音をうるさく聞こえさせてるねん。

だから、親父とラーメンを食べている時もそこにいるのは親父やと思わずに夏目三久ちゃんと一緒に2軒目で食べていると思えばいいだけやねん。

知らぬが仏の逆:言うが鬼

「知らぬが仏」の逆なこと、言ってみれば「言うが鬼」ということってあります。

うちのおかんはデリカシーがありません。

窓でもシャッターでも、親の仇か〜いうくらい、ビッシャーンっ!って思いっきり閉めます。近所トラブルなんじゃそらです。 またスーパーに行くと必ずといっていいくらい、レジ終わりの袋つめのところにある袋をクルクルクルクル何枚も引っ張って、何食わぬ顔で持って帰ります。軽犯罪です。

なんなら、レストランで席に置いてあるつまようじを大量に持って帰ったりします。中犯罪です。

そんなおかんは、当然なにか話すときも一言多いのですが、どうでもいい独り言ならまだしも、ちょっとネガティブな一言を放つ時があるんです。

例えば、おかんは、寿司の穴子があんまり好きではありません。

というか嫌いです。 その理由は、「泥臭いから」らしいです。

味覚みたいなものは人それぞれやから良いんです。

それを胸の奥にしまい、自分は食べなければ、それで済む問題です。

でも、おかんはそれだけでは飽きたりません。 自分が食べたくない穴子の寿司を他人が食べているのが許せないのでしょうか。

例えば一緒にお寿司を食べに行っていて、僕たちが穴子のお寿司を頼むと、

「え、穴子?おいしいん?」と聞いてきます。

いつもの件なので無視して流していると、 「ちょっと、一口だけちょうだい」と言ってきます。

アッシ的には会計を出してもらう手前、まぁ一口くらいええかぁと思ってあげます。 で、食べるや否や 「あかん、やっぱり生臭いわ〜」

いやいやいやいやいや、それ、言う必要ある?

それを聞くことで、そんなことはない、穴子はうまいんや〜と思っていても、 何かこれは生臭いのか?という疑念が生じてしまい、美味しい穴子も美味しくいただけなくなります。

言うが鬼やわ〜。

けど、逆に、言わぬが鬼、ということもあります。

例えば、一緒にいる人の肩に紙切れみたいなゴミがついていたとしましょう。

これは100人中100人が教えてあげると思います。

相手にゴミがついているのを分かっているのに言わないのは、言うなれば「言わぬが鬼」です。

でも、じゃあ鼻毛が出ていたとしたらどうするか?

これはなかなか難しいところです。 ゴミであればすぐに取って、何もなかったかのごとく過ごせますが、 鼻毛が出ているよ、と言われたところでその場でどうすることもできません。

どうすることもできないけど、 あ、俺は今鼻毛が出ているんや、と思いながら過ごさざるを得ません。

だったら、言わない方がよかったことになります。

この場合は「言うが鬼」になります。 この話はもう少し続きます。